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http://kami.tudura.com 「神々の歳時記」 p097 (未定稿)  


 神々の歳時記   4月・中1  但し方位による
次は
4月・中2
4月・中2
または
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●イベントや祭典と称する偽祭りが多い中で、昔から本物の祭りを続けて来た事例を此処に紹介し、併せてその縁起
の意味を解説し、方位から正当性を実証する。今月も一部、お祭り専門情報誌 月刊「わっしょい!」全国版 http://
www.omatsuri.com/link/linkvex.html
及びhttp://www.kotobuki-p.co.jp/index2.html「ブッダワールド行事案内-4月」より一部引用・転載させて頂きました。

■各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後毎年追加する形で示しています。ただ凡そ歳時記
には定例として固定されたものと月の暦で変わるものと星の曜日に従うものとの3種があります。このため開催日等の
詳細は主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。尚、「星の暦」にも雑節・行事を載せています。

4月・中旬 1 ・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼★



4/ 9  


▼09満月。 
             
■07-08-09笠間稲荷・春季例大祭・・・・・・日本三大稲荷と言われる笠間稲荷神社ではこの日が御創建の日。境内で
は銘酒ラベル展、献花の展示、各流派の野点も行われる。境内の藤の大樹・八重の藤は樹齢400年、5月上旬が見ご
ろ。5/10に御田植え祭、5/20に講社大祭がある。

笠間市は浅野氏・牧野氏などの城下町で陶器の里でもあり今回合併した。なお近くの佐白山麓公園には大石内蔵助
の像もあり、桜も見事。笠間稲荷神社0296-73-0001

愛宕山「桜祭り」・・・・・・山桜2000本の名所で、この日4/9(日)に山頂の野外ステージでは各種演奏や郷土芸能など
のイベントがある。笠間観光協会0299-45-6655

■佐志能神社・例祭・・・・・・茨城県石岡市染谷1856で豊城入彦命を祭る佐志能神社。地元では竜神様と言う。以
下、http://www.sosyagu.jp/kenmusya.html「兼務社」より引用する。

御祭神--豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)、タカオカミノカミ、国常立命(くにのとこたちのみこと)、大己貴命、少彦
名命(すくなひこなのみこと)、国狭槌命(くにのさつちのみこと)、豊斟渟命(とおくみぬのみこと)、猿田彦命、金山彦
命、天日鷲命(あめのひわしのみこと)、武甕槌命(たけみかつちのみこと)。
 
例祭 4月19日--旧郷社。通称竜神様。竜神山中腹に鎮座し例祭日には十二座神楽が奉納される。仁明帝承和四年
三月戊子常陸國新治郡佐志能神官社に預かる。光孝帝仁和元年九月七日従五位下村上神社従五位上延喜式内小
社。

御祭神豊城入彦命は崇神帝の皇子、御母は遠津年魚眼妙媛命。勅命を奉じ、大功をたてたことにより、子孫に東国
の国造に任ぜられるものが多かった。玄孫荒田別命の子孫佐白公が新治国造に任ぜられたとき、祖神を鎮斎した。タ
カオカミは軻遇突智神の御子で、暗龍神と同胞。

両部で竜神と称し雨の神。昔、村上村であったので叙位の策命に村上神社としてある。その後分村して染谷村ができ
た。村上神社が染谷村の地域に入ったので、村上村では別に一社を創立し、日本武尊とタカオカミを鎮斎した。染谷佐
志能神社は女竜神、村上佐志能神社は男竜神とされている。

例祭日には茨城県神社庁新治支部より献幣使が参向し、幣帛料が献じられます。神事の終了後には染谷十二座神楽
が奉納されます。社殿左手に屏風岩という岩があり、そこの「風神の穴」と呼ばれる穴に指を入れると雷鳴があるまで
抜けないといわれています。

また夏になるとここから暗雲が沸き起こり、竜神が現れて雨を降らせるとも言い伝えられています。文久二年社殿炎
上、その後再建。明治二十九年四月一日郷社に列格。(新治地区神社誌)以上引用。因みに同神を祭る宇都宮二荒
山神社(12/15を参照)とは11/8---5/9日方位で其の先は犬吠崎になる。

■09埼玉・護国神社祭・・・・・・・・・・・・・・10日まで。
■北条祭り・・・・・・埼玉・前田利家と北条氏の合戦に因む祭り。06年。
鎌倉まつり(〜16日)【神奈川県鎌倉市】

■家康行列・・・・・・岡崎市。06年、三河武士に扮した行列。
★11手力の火祭(4月第1土曜日)【岐阜市、手力雄神社】(中止)

★11美濃祭・花みこし-----例年は岐阜県美濃市で4月第1土曜〜日曜日。2011年(中止)

★10全日本チンドンコンクール(〜11日:例年4月上旬の金曜〜日曜日)【富山市】
動画http://www.omatsuri.com/movie/minohana.html (美濃まつり 「花みこし」 4月第2土〜日曜日 岐阜県美濃市)。

猪名部神社・大社祭・・・・・・三重・東員町の猪名部神社0594-76-2424ではこの日06/4/8〜4/9(土日)に流鏑馬・上
馬神事などが奉納される。

尾高観音・御開扉・・・・・・三重・菰野町の尾高高原にある尾高観音では06/4/8〜4/9(土日)の両日に千手観音を年
一回御開扉。尾高観光協会059-396-0078

★07京都・松尾大社・中酉大祭・・・・・・ 
◆桓武天皇の命日・・・・・但しユリウス暦。其の方位には粟田神社があって、逆方位の10/9日に大祭をしている。
★11西大寺春の大茶盛式(〜10日:4月第2土曜〜日曜日)【奈良市、西大寺】

●07-08-09大神(大三輪)神社の例祭・・・・・・奈良・桜井市の三輪明神の例祭。若宮神幸祭。ご祭神は倭大物主櫛ミ
カ玉命、俗に大物主神(「ヒジリ事典」を参照)とも言う。本日は、例祭後に250人ほどの時代行列が町中を練り歩く。

此処は出雲の神のメッカとも言うべき位置付けにある事から古来信者は多いが、しかしながら信者も信者でない人も、
神職までも「この宮は蛇を祭る宮」を自認している点が問題である。

ですから境内の至る所に昔は生卵が供えられていた。此れは大神に対して実に無礼である。そうなった経緯は恐らく
二点ある。一つは大神を慕う信者が「この神はやがて必ず再生復活する」と信じた事からであり、次は大和朝廷が出雲
族を敵視して「アレは蛇だ、邪神だ、鬼だ」と喧伝したからであろう。

ともあれ昔は此処に神宮寺として観音菩薩を本尊とする平等寺や若宮大御輪寺があり、境内に大日尊を本尊とする浄
願寺など幾多の末寺、僧坊を有する三輪宗寺院の伽藍があった。興福寺の元となる山階寺も此処からスタートしたと
も言われる。若宮神幸祭の若宮とは大直禰子(おおたたねこ)神社の事であり、御祭神は大直禰子命。

元は若宮大御輪寺と言った。彼は大物主の子孫として祟神天皇の時に堺市の陶村から召し出されて此処の神主とな
った。大御輪寺の本尊は十一面観音。今は国宝となり近くの聖林寺に安置されている。

所で、神体山(三輪山)に登拝すれば、其処に岩倉群があり、三段階に分散しているものの、何れも西南を向いてい
る。三輪山(標高467.1m)から大神神社拝殿(此処は古来、本殿を置かない)の方位は@

北から見ると、茨城県では境町と岩井、奈良県では御所市、和歌山県では橋本市とかつらぎ町、それに和歌山市、徳
島県では小松島市と脇町、高知県では高知市と大正町、愛媛県では宇和島市の鬼ヶ城山(標高1142m)、そして宮
崎県の北川町に至る。

例祭日は残念ながらこの日のラインにはなっていないが、何れにせよ此れは一体何を物語るのだろうか。@
因みに、ニギハヤヒとは、天照国照彦火明櫛玉ニギハヤヒ命と書かれる神である。関東から奈良に「天下りした神」で
あり、後に出雲神として、或いは天皇家でも「恐れ多い神」として伊勢と宮中で祭って来た神である。

ただ、此れはお一人を示す一人称ではなくて、天照、国照、其の彦・火明命、櫛玉命、ニギハヤヒ命と言う五代に及ぶ
出自を表した世襲神名であろうと思われる。@

両社は共に「おおみわ」と呼び、神名は違うが実体は同じであり、桜井市の大神神社とは表裏の関係にある事が分か
る。でも此れらを多くの人は「単に偶然の一致」と言うのだろうか。因みに同じ大国主命(大物主神)を蛇として祭る赤城
が旧暦の4/8日に「へび祭り」、そして讃岐の金毘羅様が4/9日に大祭をして来た。

それにしても昔通りの祭日をこうして今に伝えていた事には感服する。恐らく此処にも明治の改暦押し付けがあった筈
であるが、旧暦とは別の和暦を熟知する方があって、お上の無知を跳ね返して古式を守り通してくれたのでしょう。  
    
■第9代・開化天皇の命日・・・・・・・彼は春日率川宮で即位したが、やがてこの日に崩御して春日率川坂本・坂上陵に
葬られた。その陵については今、奈良市・漢国町の伝・開化天皇陵(念仏寺山古墳)が治定されているが、此処の形は
命日が11/28日の陵と黙示しているので生憎別人の墓地となります。

其処よりも寧ろ、天理市柳本の櫛山古墳に葬られた可能性が強い。と言うのは、まだ奈良湖が広がっていた当時、此
処は立地点が標高115〜7mに築かれた総長175mの規模の陵であり、竪穴式でかつ石製品を副葬していた点でも時
代的にも略合致する。

のみならず、築造方位が4/6日の形なので此れも記紀にある彼の命日と3日違いで略合致するからです。この陵は築
造様式も画一的な前方後円墳とは異質の形で、後円部にも祭祀壇を設置したような形跡を残しているので、初期の築
造様式を伝えるのか、もしくは合葬を意味するのか、何れにせよ珍しい例である。

尚、第9代・開化天皇陵をこの櫛山古墳として、その主軸を伸ばせば、其処からも次の10崇神天皇陵もこの北部にある
との確証が得られる。つまり第10代崇神が奈良市の尼ヶ辻「宝来山古墳」と判定出来る。此処はしかし今では垂仁天
皇陵とされているが、無論其れは誤解と判明する。

其れ以前に其処に葬られた天皇の名まで末永く残るのは例外的であり、寧ろ後に居ついて祭った方の名が残るケース
が多い。伝・崇神天皇陵(12/5日を参照)の場合も、先帝を祀るために、後に其処に居ついた皇子(後の垂仁)の名が
記憶された可能性が高い。何れにせよ、次にその主軸を伸ばせば、天理市岸田町に接する海知町で結ばれる。

つまりこの父子2代の天皇の宮が此処にあったと推定できる。其の点、先の「率川」と言う川の名とその流域などは時
代によって多少変わるものの、其の近くに今も「率川(いさかわ)神社」として奈良市奈良町と桜井市の大神(おおみわ)神社の
摂社としてある。もし多少のズレがあっても方位で結べば無理に発掘しなくても芋蔓式に略確定出来る訳です。

■第31代・用明天皇の命日・・・・・・・大兄・橘豊日尊・池辺天皇/磐余池辺双槻宮/御陵在・石寸掖上、後遷科長中陵
也/磐余池上陵・改二葬橘豊日天皇於・河内磯長陵/河内磯長原陵///用明2/4/9癸丑/587/5/21-5/23となる。

彼は橘豊日天皇とも言われた。当時の宮は十市・双槻宮とされている。だが今では其処を特定できないので、其の前
に先帝の30敏達天皇に遡って見る。敏達は十市オサダ幸玉宮で8/15に崩御した。所が其の場所が現在不明であ
る。だが31用明天皇の宮が分かれば其処から逆に辿る事が可能です。

ただ用明天皇は其のラインではなくて、9/5に即位した。先の陵から9/5方位は桜井市である。広瀬にも百済にも近
い。彼は命日・日迎えラインではなくて遷宮した暦日方位に雙ふたつきの宮を造った。ただ此の三輪山にも近い所で事件
が起きた。やがて4/9に崩御して磐余(いわれ)池上陵に葬られた。

とあるが場所は不明。但し其の点について船引氏が「安倍文殊院の北の丘が正しく4/9の方位を軸としている」とし、更
に其のラインが播磨の斑鳩寺に伸びていると指摘した。其の詳細は現在調査中だが結果が楽しみです。

さてその後、推古元年9月に河内磯長陵に改葬と有り、現在、太子町にある方墳が治定されているが、方墳は天皇陵
ではないし、方位も違うので別人の墳墓である。

さて用明天皇は雙ふたつきの宮に遷宮して先帝の日迎えに居着いた筈なので、其の場所を特定すれば敏達の大井=
別井宮の関係が一層実証出来よう。だがそう簡単ではない。敏達のモガリを広瀬でしているが、広瀬の場所が今は広
陵町の広瀬と広瀬神社、其れに河合町の広瀬台の三ヶ所もあるからです。

ただ其の中間点をこの命日・日迎えラインが通るのです。また祟峻天皇4年にこの陵を改葬した。其れが先の「川内科
長也。磯長陵・是其妣皇后所レ葬之陵也/河内磯長中尾陵」の意味である。因みに妣とは亡き祖母の事であり、キタシ
(片塩)媛の事。また片塩の地名は大和高田に残る。

此の陵は敏達の祖母(欽明妃)の陵だった。其の命日ラインに孫の用明が9/5に雙ふたつきの宮に遷宮し即位した事
になる。敏達と祖母の陵から祖母の命日方位の片塩の地を軸に逆方位の桜井市に遷して祖母の御魂を迎え祭る位置
にあった。つまり彼は敏達の弟であるから兄がいる限りは先帝の祭りのラインから外れて遠慮していた事になる。

さて謎の雙ふたつきの宮の位置は敏達と祟峻とのラインの交差する地点である。其処は箸墓の西から今の桜井市役所
の西であった。其処で此の日に崩御した事により、今の乙女山古墳に葬られた。其処は帆立貝型の古墳であり、其の
墳墓の主軸もまた彼の命日方位である。@

次に第三のラインが有る。先ず太子は601年に斑鳩宮を建てたが、其れはグレゴリオ暦で命日が5/23日にあたる
からでした。よって其の方位に橘寺を建て、また其の逆方位の11/24.5方位に斑鳩宮を建てた訳です。@

其の途中に久米寺が有る。其処は太子の弟の久目皇子が居着いた寺である。其のラインに今、剣池(石川池)の伝・
孝元天皇陵と指定している墳墓があるが、其れは孝元ではなくて、この時に用明天皇のために皇后や皇子たちが墳墓
を築いた所と判明する。用明天皇と皇居を、池辺天皇/磐余池辺双槻宮としたのは此の為である。

よって命日とは逆方位の久米寺に久目皇子が居着いたが筑紫で病死した(2/4を参照)。外に茨まむ田皇子や麻呂子皇
子などがいたが、茨まむ田皇子は今の寝屋川に、そして麻呂子皇子は当麻寺に居ついて、やがて近くの麻呂子山に葬
られた。@

今も兵庫県には太子町があり、其処に太子所縁の斑鳩寺が残されているが、其処は本来、太子の寺ではなくて、父・
用明の御霊を10/9に迎えるための宮として創建された事がハッキリした。以上の敷設は全て父・31用明天皇の蘇り
を祈る皇后と皇子たちによる祭り事の為でした。

こうして太子は三つの宮を次々廻って自ら斎き営む立場に立ってしまった。斑鳩と明日香村との間には、今も斜めに走
る「太子道」と伝わる古道が残っている。太子が愛馬で此処を駆け抜けた道だと言われている道です。其れとは別に袈
裟懸けに走るもう一つの太子道もある。

其れは父のための道ではなくて太子の没後に太子の葬送のために人々が通った道である(2/1を参照)。さて彼・用明
天皇は仏法に帰依しようとしたが果たせず、後を聖徳太子に託して用明二(587)年4/9に崩御した訳であるが、用明
天皇も太子も仏教に帰依したにも拘わらず、皮肉にも此のように伝統的な和式葬法によって鄭重に葬られた。

顧みれば物部氏が仏教を広める事に反対したにも拘わらず太子は蘇我氏と共に物部氏を滅ぼした。やがて日本は太
子のチカラで仏教が広まったものの、其れに比例して災いが増えた。忽ち祟峻天皇が殺され、やがて白村江で大敗し
て百済を失い、また太子の子の山背大兄皇子まで死なせたではないか。

此の後も日本では益々渡来の仏教が栄えたが益々戦乱が増えた。正しい祭り事ではなく単に権力闘争の時代とした
以外、何も良い事はなかった。

■例年-桜花祭・・・・・・・鬼の会(南大阪)の私的な裏小祭。巽門にてモヒトリ(垂直・水準)を採った上で、此の日の方
位の神に対して献茶の上、「辰己へと昇る日神に山吹の此の大神酒を錦織りから」(亜僧)。「吉野への剛ヶ峰の大神
に、薄紅の枝垂れ桜を」(和尼)など、短冊にホツマ文字(ヲシデ)で墨書した御詠を捧げた。

当日は先ず、其の方位の妙見、及び桜で満開の名所・長野遊園地から長野神社への迎えの見幸・参拝。幟の掲揚。
石壇で護摩焚きのうえ抹茶。金剛蔵王権現に心経、またはニギハヤヒの神に対して御食御酒の献饌と櫻の玉串。天
津祝詞の奏上と、その後に逆方位の観音堂、地蔵、薬師堂へ巡拝する見行き・お供、送りの神事としたが、

近年は金剛蔵王権現に正対する祭壇に桜枝を捧げて護摩供。

■09愛媛・護国神社祭・・・・・・・・・10日まで。
























































4/10 日


●小幡さくら祭り「武者行列」)・・・・・・・第21回城下町小幡さくら祭り「武者行列」は、群馬県甘楽町にて、05/4月10日(日) に開催されます。

桜の下で小幡藩藩主だった織田信雄隊150人の武者行列や、当時の戦いを再現した凱旋式、和太鼓による凱旋演奏、鉄砲隊による火縄銃の三段構え一斉
射撃、役者による殺陣の演舞、裏千家による野点の開催、農特産物等の販売等々、様々な催しがおこなわれます。

群馬県甘楽町役場は、http://www.town.kanra.gunma.jp/------以上、メルマガ【なっとく歴史館】  http://1rekisi.jpより
転載。

■09茨城・護国神社祭・・・・・・・・・水戸市。

★千姫まつり・・・・・・・茨城・水海道市。第5回水海道千姫まつり 4/10日。総勢200名の千姫行列はとても優雅。街角
イベントや地元小学生の金管バンド演奏 など,催し物が盛りだくさんで,小さいお子さんも楽しめます。また,近くにあ
る千姫墓所の弘経寺では野点茶会や千姫遺品展等も開催。以上、メルマガ「いばらき」より。

問い合わせ 水海道市観光協会 TEL0297-23-2111(内線279) ホームページ http://www.city.mitsukaido.ibaraki.jp/
----09年は4/12

■09千葉・護国神社祭・・・・・・・・・。

■普寛霊場・春季大祭・・・・・・普寛上人は木曾御岳の表山道・王滝口開山の密教行者で、数々の奇跡に恵まれた人
物。其の遺徳を偲んで春4月と秋10月の10日に、火渡り、刃渡りなどの奇祭・荒業が有る。埼玉・本庄市。以上、「本
庄まつり」http://cancun.poke1.jp/honjou/より引用。

それにしても年に二回に分けて、正反対の時期にこの祭りを続けている事は立派です。ただ御嶽山と本庄市とは9/8
←・→3/10の暦・方位になる。其れを明治の改暦の時に無知の政府が無理に変更させたものと判明する。

★11鎌倉まつり(〜17日:例年4月上旬)【神奈川県鎌倉市】(中止)

★11ひんここまつり(4月第2土曜日の翌日)【岐阜県美濃市、大矢田神社】(中止)
美濃まつり 花みこし  4月第2土〜日曜日 岐阜県美濃市 
http://www.omatsuri.com/movie/minohana.html 

■例年一の宮けんか祭り(糸魚川の舞楽)(〜11日)【新潟県糸魚川市、天津神社】
★09-10信玄公祭り(〜12日:例年4月第1金曜〜日曜日)【山梨県甲府市】

★10手力の火祭(4月第2土曜日)【岐阜市、手力雄神社】
★10美濃祭・花みこし(〜11日:4月第2土曜〜日曜日)【岐阜県美濃市】

■揖斐祭(岐阜県・西濃の旧小島村)・・・・1300年前の創祀とされる三輪神社(大国主命)例祭で、豪華な神輿が三輦
が旧町内を一巡する外、華麗な曳山五両が宵宮境内に入るり、子供歌舞伎がある。但し他の地区では例祭日が今は
五月上旬に変わっている(円暦方位も不明)。

■07-08近江長浜・曳山祭(曳山狂言)(4月9日〜17日)【滋賀県長浜市、八幡神社】
■06-07-08-09京都の平野神社では桜花祭として神幸列が衣笠一帯を巡行する。 

★11やすらい祭り(鎮花祭)(4月第2日曜日)【京都市北区、今宮神社】
★11吉野太夫花供養(例年4月第3日曜日)【京都市北区、常照寺】

■09京都・嵐山の「山吹まつり」・・・・・・・・松尾大社075-871-5016で、4/10日から5/5日まで。庭園拝観は500円。

■07-08大念仏会・・・・・・・清涼寺〔嵯峨釈迦堂〕(京都市右京区)で4/10〜15日。鉦や太鼓に合わせて念仏衆が真言
や念仏を唱える法会。24種の仮面劇がこの間に演じられる。最柊日15日には御松明神事が催される。

★09方除(ほうよけ)大祭・・・・・・・平安遷都の際に、国の守護神として創建された京都市伏見区の城南宮075-623-0846
は、白河上皇の離宮があった所で、熊野詣の出発地ともなり、以来、「方除」の役割りが期待された所。

現在も清々しい庭園に囲まれている中に茶席も有る。方除大祭は現在、4月第2日曜までの3日間(金土日)に行われ、
大祭後に拝殿で郷土芸能の披露と、絵馬舎では無料の甘酒接待がある。

■10西大寺大茶盛(〜11日:4月第2土曜〜日曜日)【奈良市、西大寺】
■07-08大神(おおみわ)神社・春の後宴祭・・・・・・・奈良県桜井市。後宴祭と後宴能。
■07-08夢教本等閑廣・・・・・・・法隆寺(奈良県斑鳩町)。

■例年-吉野金峯山寺花供会式(さくら祭り)・・・・・・・奈良県吉野町で4/10〜12日。金峰山(キンプセン)寺・蔵王堂で
は桜の開花を本尊の蔵王権現に報告する祭りで平安時代からの伝統行事。悪魔払いの鬼踊りの法式で「花くえ式」と
読む。読経ののち、 山ざくらを花神に捧げ、その後信者の手で挽かれた千本挽きの餅が配られる。

 尚、吉野山には下・中・上・奥と凡そ3万本の山桜があり、中でも奥千本は4月後半に満開となり、5月連休まで楽しめ
る。

イタスケの命日・・・・・・此処で言うイタスケとは個人名でも祭りの名でもなくて地名、即ち堺市・百舌鳥古墳群にある
イタスケ古墳の事である。此処は周りの仁徳天皇陵など巨大古墳から比べて小型で目立たない。だが地元では危機
感を持って保存運動が進められた。

かつて周辺には100基以上の古墳が有ったとも言われるが、戦前に既に70基余りとなり、更に戦後は30基が破壊さ
れた。イタスケ古墳は全長146mの前方後円墳であるが、宅地開発を知った地元の方々や考古学の森浩一先生たち
(※1)の努力で此れを防いだ。

S56/5月には国の史跡に指定されたので此れが文化財保護運動の魁であるとも高く評価され、今も意気盛んに保存と
活用が模索されている。そうした中、八田若郎女の墓碑銘が発見された。彼女は仁徳の妃だったが、仁徳の妹・矢田
皇女と区別するため「若いらつこ」と呼ばれた。

其れについて「墓碑から倭の五王を確定する」http://www.inetmie.or.jp/~jin/WAGOOU.htmlによれば、仁徳天皇妃の
八田若郎女命の墓碑名が当初、京都嵯峨の大覚寺の大沢池周辺から見つかった。その後、井上赴夫先生の調査の
結果、此れはイタスケ古墳(4/10日を参照)のものであると解明したと言う。

其れについて筆者もこの種の貴い運動に賛同するつもりで一言する。此処は確かに仁徳天皇の家族の古墳である(10
/7日、「住吉仲皇子」を参照)。その理由としては先ず立地条件である。つまり地理・方位から言えば10/9日←・→4/10
日(命日)のお方である。@

八田若郎女命には嫡子がなかったので、彼女と住吉仲皇子を萩原の原寺で住吉仲皇子の嫡子が同じ所で別々の日
に祭ったものと解釈出来る。

(※1)http://www.geocities.jp/rtxkp473/index040515.htmによれば--------初めてのナショナルトラスト運動(いたすけ
古墳) パート2----この古墳の被葬者は判らないので、陪塚 (主墳に付属して配列される古墳) と推測されている。

唯一の出土品は後円部から出土した衝角付冑型埴輪で、履中天皇陵の陪塚七観古墳出土の三角板革綴衝角付冑と
同じく精密な埴輪である。たいていの古墳は頂上に盗掘された穴があるのに 「いたすけ古墳」 には盗掘穴がない。こ
れは周濠の存在と、土地の素封家 (柴田家) が大切に維持してこられたお蔭であろう。

●高野山・金堂庭儀大曼荼羅供。

■07-08関山忌・・・・・・・円教寺(姫路市)。
■07-08法華会式・・・・・・・清水寺(島根県安来市)。

■08-09-10-11桜花祭【香川県仲多度郡琴平町、金刀比羅宮】

■09宮崎・護国神社祭・・・・・・・・・。















































4/11 日                      ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★


■御岳神社のライン・・・・・・5/17を参照。
■06-07-08法然上人御忌会(4月11日〜15日)【東京都港区芝公園、増上寺】
■10鎌倉まつり(〜18日:例年4月上旬)【神奈川県鎌倉市】

★09信玄公まつり・・・・・・・甲府市。命日の4/12日まで。
★09手力の火祭・・・・・・・岐阜市、手力雄神社で、300年の伝統の祭り。4月第2土曜日。上半身裸の男たちが、神輿を
担いで練り歩く。

★09美濃祭・花みこし(〜12日:4月第二土曜〜日曜日)【岐阜県美濃市】
■06-09椿大神社・春季大祭・・・・・・・三重・鈴鹿市の椿大神社059-371-1515では06-09/4/11〜12日に年に一度の大
祭。11日には神事能「ウズメ」が演能される。

ウイキによれば、社伝では、垂仁天皇27年、倭姫命に下った神託により、猿田彦大神の墳墓の近くに「道別大神の社」
として社殿が造営されたのを創始とする。書物における初見は、天平20年(748年)6月17日の『大安寺伽藍縁起並流
記資材帳』である。

『延喜式神名帳』に記載されている「椿大神社」、伊勢国一宮に比定されるが、同市一ノ宮町の都波岐神社が延喜式の
椿大神社であるとする説もあり、論争になっている。

中世には、猿田彦大神の末裔の行満大明神を開祖とする修験神道の中心地となった。社伝によれば、行満大明神は
修験道の開祖であり、役行者を導いたという。現在の宮司は、行満大明神の末裔であると伝える。

明治4年に郷社、昭和2年に県社に列格した。昭和10年、内務省神社局の調査により、全国約2千社の猿田彦大神を
祀る神社の総本社「地祗猿田彦大本宮」に認定された。しかし、全国にある猿田彦大神を祀る神社で椿大神社と実際
のつながりのある神社は少数しか存在せず、そのほとんどがその土地に因んだ由緒を持っている。とはいえ「椿大明
神」を祭る「椿神社」は全国各地に存在している。

ただ参道は5/20日方位に伸びているので、4/11日は旧暦の祭りだったのか。

他方、逆の時期の10/10日に鈴鹿市内の海側の都波岐神社・奈加等神社(つばきじんじゃ・なかとじんじゃ)で例大祭、中戸獅
子舞がある。両社の位置方位関係は4/17日--10/17日である。また都波岐神社・奈加等神社の何れも式内社で、旧
社格は県社。都波岐神社は伊勢国一宮とされる。

因みに都波岐神社では猿田彦大神、そして奈加等神社では天椹野命・中筒之男命を祭っている。明治時代に都波岐
神社と奈加等神社とが合祀して、「都波岐奈加等神社」と称し、奈加等神社は中跡直(なかとのあたい)の先祖の天椹野命
(あまのくののみこと)と中筒之男命(なかつつおのみこと)を祭る。

★10ひんここまつり(4月第2土曜日の翌日)【岐阜県美濃市、大矢田神社】
★10やすらい祭り(鎮花祭)(4月第2日曜日)【京都市北区、今宮神社】

■09京都の「華道祭」・・・・・・・・・京都市嵯峨大沢町の大覚寺075-871-0071で、。4/11日から13日まで、生け花の嵯峨
流の祖・嵯峨天皇を偲ぶ「華法会」の祭り。09年は嵯峨天皇即位1200年に当たり、テーマは「天・地・人」を生ける。

★09西大寺大茶盛(〜12日:4月第2土曜〜日曜日)【奈良市、西大寺】
■07-11吉野・金峯山寺・花供会式(さくら祭り)・・・・・・・奈良県吉野町で4/11〜12日。10-14:30。以下、
http://www.town.yoshino.nara.jp/gyouji_event/gyoji/eshiki/index.htmによれば、-----

花供会式は正式には花供懺法会といい、吉野山の桜が最も見ごろとなるこの時期に、吉野山の桜を金峯山寺の本
尊・蔵王権現にお供えするという春の吉野山が最も賑わう行事です。吉野山の桜は、開祖役小角が感得した蔵王権現

を桜の木に刻んだことからご神木となり、献木され、保護されてきたもので、その意味からも春の吉野山のメインイベン
トといえるものです。この行事は、両日とも午前10時より十万石の格式を持つ奴行列を先頭に、 

一山僧侶、稚児、山伏、信徒らが行列を整えて竹林院から蔵王堂まで練り歩きます。そして法要を終えたのち蔵王堂
境内において採灯大護摩供を勤修し、「千本づき」でつかれた餅がまかれて終わります。

金峯山寺 〒639−3115 奈良県吉野郡吉野町大字吉野山2500番地 TEL:(0746)32−8371(以上引用)。

■09神戸・有馬のサクラまつり・・・・・・・茶会あり。夜間はライトアップ。
■もちがせの流しびな・・・・・・・鳥取市用瀬町の千代(センダイ)川で。


★07-08-09メートル法公布記念日。

★08韓国・第4回 大加耶(デガヤ)体験祭り -古墳の伝説-1500年前に向かう大加耶ミステリ----お祭り情報誌「わっし
ょい!」への投稿者:大加耶体験祭り推進委員会http://fest.daegaya.net/2008/jp/
期間 : 2008年4月11日(金) 〜 14日(月) 4日間---場所 : 大加耶博物館及び高霊邑内

主要行事 : 大加耶古墳のミステリー---大加耶王陵列車 * ジサン洞古墳体験* 大加耶の馬装飾攻防村
 * 歴史再現劇  * 王陵遺物製作体験 * 大加耶の金属攻防村体験* 土器製作及びカヤグム演奏,製作プログラム
 * いちご収獲体験 * 2008 大加耶体験祭りマラソン大会

韓国の2008文化観光省指定祭りに選定された'大加耶(デガヤ)体験祭り'は皆さんの沢山の関心とご参加お待ちしてい
ます。※これ、よく見たら韓国のお祭りなんですね。日本へのPRお疲れ様です。













































4/12                             ○◎□◇■◆

                  
■09石川啄木忌・・・・・・出身地の盛岡市で。

■07-08柳津虚空蔵十三詣り・・・・・・・円蔵寺(福島県柳津町)の本尊は日本三虚空蔵菩薩の一。13歳の子女が開運
厄除けを祈願して参山詣。

★09第13回・木原城山まつり・・・・・・・茨城・美浦村の木原城址「城山公園」で。美浦村経済課029-885-0340

★09千姫まつり・・・・・・・茨城・水海道市の中心市街地で第9回水海道千姫まつり。今までの総勢200名の千姫行列は
とても優雅。街角イベントや地元小学生の金管バンド演奏など催し物が盛りだくさんで、小さいお子さんも楽しめます。
また近くにある千姫墓所の弘経寺では野点茶会や千姫遺品展等も開催。以上、メルマガ「いばらき」その他より。

問い合わせ、常総市観光協会 TEL0297-23-2918

■07-08御忌会・・・・・・・増上寺(東京都港区)で4/12〜15日。
◆武田信玄の命日・・・・・・・・甲府市。彼は、1573/4/12日に京都に向かう途中、陣中で没した。そして10年後の1583
年に武田氏は亡びた。

■09鎌倉まつり(〜19日)【神奈川県鎌倉市】
■07-08信玄公忌(不動尊祭)・・・・・・・恵林寺(山梨県塩山市)による武田信玄公の忌日で露店で賑わう。  

■07-08飯田白山権現堂祭・・・・・・・白山権現(長野県飯田市)。 
■08-09-10-11チャンチキ山祭(〜14日)【石川県七尾市・山王町】

■08美濃祭・花みこし(〜13日)【岐阜県美濃市】
■09岐阜・護国神社祭。

■07-08春の千部会・・・・・・・専修寺(三重県津市)。
お木曳き行事(役木曳)・・・・・・平成18/4/12〜13(水木)、神宮に御料材を運搬する。伊勢市観光政策課0596-21-5565。一日神領民参加は052-
589-2689

椿大神社「春季大祭」・・・・・・三重・鈴鹿市の椿大神社059-371-1515では年一度の「春季大祭」として11日には神
事能「うずめ」が演じられる。06/4/11〜12(火・水)。

■例年-山王祭(12〜15日)【滋賀県大津市、日吉大社】

■09やすらい祭り(鎮花祭)(4月第2日曜日)【京都市北区、今宮神社】
■07-08花供養・・・・・・・金福寺芭蕉堂(京都市左京区)で行なう京都内の代表的な俳跡での行事。

■07-08虚空蔵十三詣り・・・・・・・法輪寺(京都市右京区)虚空蔵菩薩の縁日。十三歳の子女が智恵を授かるように親
に連れられて参詣する。

■09醍醐の花見行列・・・・・・・・京都市。豊臣秀吉が700本の桜を植えて花見をしたと言う事に因んで、花見行列を行う
(09/4/1日を参照)。

■07-08お練供養・・・・・・・金剛山寺(奈良県大和郡山市)。 
★08西大寺大茶盛(4月第二土曜〜日曜日)【奈良市、西大寺】
■07-08聖徳太子祭・・・・・・・法隆寺(奈良県斑鳩町)。 

大福寺・大般若会(櫛玉姫命神社)・・・・・・・大福寺の前に神社から述べる。奈良県・広陵町弁財天399にある櫛玉
姫命神社の祭神は櫛玉比売命。彼女は饒速日命の妃の御炊屋(みかしきや)姫とされる。当社はまた「クシタマさん」とか
箸尾弁財天とも呼ばれている。 

摂社の辨財天社は1313年以前に豪族・箸尾氏が天河から勧請して満嶋辨財天と号し、桃山期の彩色木造弁財天・十
五童子を秘蔵している。由緒として此の地は物部氏の勢力下にあった。延喜式に言う「広瀬五座」の一つで、いわゆる
式内社である。

祭神を櫛玉比女命、櫛玉彦命としているが「大日本史」では、饒速日(にぎはやひの)命の妃である御炊屋姫としている。本
殿は前方後円墳の後円部に鎮座し、埴輪の残欠を伴出する等、古代祭祀の遺跡である。銅板葺の本殿に入母屋造
瓦葺の拝殿があり、千鳥破風付きとした江戸時代の建物である。

境内は狭いが楠、樫、檜が多く、入り口にはメタセコイヤもある。正面はほぼ東に向き、更に参道が伸びて、葛城川の
岸辺に朱の大鳥居がある。 参道の延長線に其の鳥居が有って、その中心に櫻井市の三輪山(標高467m)がすっぽり
納まって見えるから不思議だ。其の山麓には檜原神社がある。

此処は伊勢神宮に遷座する以前の元の宮、つまり元伊勢であり、ご祭神が天照大神の若御魂とされている。また三輪
山は三輪(おおみわ)神社のご神体とされていて、御祭神は大物主命としている。そうするとどうなるのかと言えば、天
照大神も大物主命もニギハヤヒに重なる。ただ暦・方位では4/12----10/11.5日を指しているが例祭日が分からない。

分からないが、其の逆方位には柏原市の神宮寺山(住吉大社)-----大阪の今宮戎-----麻耶山(神戸市)へ続く。
此のほか、広瀬大社では摂社「饒速日命社」に櫛玉(姫)命が祭られ、大社の例祭を10/9日としている。また明日香村
大字真弓字宮山51にも櫛玉姫命神社、そして伊豫國風早郡 國津比古命神社にも祭られている。

だが方位が合わないものの、櫛玉比賣命神社の祭神は天道姫として太陽信仰を連想させるキーワードが散見すると
言う。次に当社南方の満嶋(みつしま)山・大福寺は聖徳太子がご建立の46伽藍の一つと言われる。太子は母(621/12/
20崩御の穴穂部間人皇后か)の供養のため、薬師如来を此処に祭った。

併せて84000の土塔を作ったとの伝承があり、今も境内周辺からは古い万塔(土塔)が出土する。以来、此の寺は三度
の火災に遭い、また廃仏毀釈でかつての面影はなく本堂一つの小さな尼寺として寂れている。しかしながら4/12日を年
に一度の大般若会と言う最大の縁日として伝えてきた事は実に素晴しい。

★08高知どろんこ祭り(お田植行事)(4月第一土曜日)【高知市、若宮八幡宮】
■09濱田・護国神社祭。
■09広島・護国神社祭。

★s25/6/25朝鮮戦争始まる。翌26年4/11、連合軍最高司令官マッカーサー罷免。

★06-07-08-09世界宇宙飛行の日。
★09復活祭(イースター)。






























































4/13 


十三詣り。
               
■例年-啄木忌【岩手県岩手郡玉山村、宝徳寺】       
■07塩釜神社・花あかり・・・・・・・・宮城・塩釜神社では4/13〜14日に「塩神様花あかり」として2年目、雅楽や琴などを
奉納する。

■例年-日光・二荒山神社・弥生祭・・・・・・・・弥生祭は4/13〜17日まで、日光市。
■08多賀谷時代まつり(第三回)・・・・・・・茨城・下妻市・多賀谷城跡公園。市商工観光課0296-43-2111
■08水海道千姫まつり・・・・・・・茨城・常総市・水海道中心市街地。市観光協会0297-23-2918

■香取神宮の宵宮                     
茶祭り(4月13日〜14日)【静岡県榛原郡金谷町、牧ノ原公園】
■08鎌倉まつり(〜第二週:〜20日)【神奈川県鎌倉市】

■09福井・護国神社祭・・・・・・・15日まで。

■09花換祭・・・・・・・・福井県敦賀市・金崎宮http://kanegasakigu.jp/yuisho.htmlで、「恋の宮」祭りとも言う。参拝者が
各々桜の花の枝を手に持って、気持ちをこめて、「花を替えましょう」と言って互いに交換する。91段の石段を駆け上っ
て行くが、92(苦に)ならない、と言う。

今はサクラが満開で、眼下には敦賀港が見える景勝地。昔は大賑わいだったが、今でも10万人が訪れる。絶景のデー
トスポットでもある。無論此の宮は「縁結び・恋愛成就」が叶う宮として知られる。「落書き帳」が置いて有り、福娘がいる
(以上は09/4/13日のNHKTV「ふるさと一番」から引用)。

■例年-長浜曳山祭(曳山狂言)(〜16日)【滋賀県長浜市、八幡神社】
動画http://www.omatsuri.com/movie/nagahiki.html長浜曳山まつり  4月13〜16日 滋賀県長浜市 
400年の伝統ある祭りで15日が本日(ほんび)、境内で子供歌舞伎がある外、荘厳な装飾の山車が町中を練り歩く。

長浜観光協会0749-62-4111

★08やすらい祭り(鎮花祭)(4月第2日曜日)【京都市北区、今宮神社】
■09平安神宮・桓武天皇祭・・・・・・・京都市。
    
■07-08-09-10華道祭(4月13日〜15日)【京都市右京区、大覚寺】
■11華道祭(〜15日)【京都市右京区、大覚寺】

■例年-京都・嵐山嵯峨・虚空蔵「十三参り」・・・・・・・・京都市西京区、法輪寺。 

岡宮天皇の命日・・・・・・・天武・持統天皇の間には草壁皇子が皇太子となった、残念ながら即位しない内に持統3年
のこの日に28歳で亡くなり、やがて例外的に岡宮天皇(日並知皇子尊)と追号された。彼は父・天武天皇を葬ったスサ
ノヲの尊神社(9/9を参照)の西に皇太子の若宮として居ついたが生憎4/13に崩御してしまった。

よって其の方位に当たる岡寺に葬られた事になる。従って今、岡宮天皇陵として高取町・真弓丘陵に治定されている古
墳は生憎別人の墓と推断できる。岡寺はかつて龍善寺と呼ばれた。義淵僧正が開基して天智天皇を弔う場とした。よ
って義淵以来、其の子孫も岡の連と呼ばれた。

本尊は如意輪観音であるが、義淵の坐像が今は国宝になっている。同じ境内に治田神社があり、寺はその下の谷間
にある。@

■09堺・鳳大社「花摘み祭」・・・・・・・大阪府堺市、大鳥大社で平安時代に無病息災を祈願して始まった祭り。神輿と花
摘み女行列。

玉津島神社の例祭日(4月13日)・・・・・・和歌山市で祭神・稚日女尊(丹生都比売神)、及び息長足姫尊、衣通姫
尊、配祀神・明光浦霊(あかのうらのみたま=和歌浦の神)を祭る。725年、聖武天皇が紀伊行幸の際、「・・この地の
弱浜「わかのはま」という名を改めて、明光浦「あかのうら」とせよ。

そして番人を置いて、この浦が荒れ果ててしまわないようにさせよ。さらに、春と秋には、都から役人を遣わして、玉津
島の神、明光浦の霊を祭らせよ」との詔があった。

由緒 ----社伝での説明では、息長足姫(神功皇后)が半島に軍を進めた時、玉津島の神が大変な霊威をあらわされ
たため、皇后がこれに報われ御分霊を葛城町天野の地にお鎮め申し上げたとある。 以来玉津島と天野に一神両所が
並び立ったとある。

皇后自身も後に合祀された。衣通姫は第十九代允恭天皇の妃で絶世の美女であり、その美しさはまさに衣を通して輝
いたと言われている。 第五十八代の光孝天皇の夢枕に姫が現れ「立ちかえり、またもこの世に跡垂れむ、名もおもし
ろき、和歌の浦波」との一首詠じられた故事によるものである。

玉津島神社はその後、住吉大社、柿本大神(明石)とともに、和歌三神と言われた。丹生都比売を祭る神社らしく美し
い社である。背後は奠供(てんぐ)山である。古代はこの地域は島々であったと思われる。和歌の神様らしく、境内には
万葉集歌碑があり、山部赤人の歌が刻まれている。因みに境内の鹽竈神社の例祭は9月16日。

但し、天野大社との位置・方位関係は今の例祭日とズレて3/7日---9/6日(此れも新旧暦変換ミスによるものか)。

●例年-熊野本宮例大祭(湯登神事)・・・・・・・和歌山県田辺市(旧東牟婁郡)本宮町、熊野本宮大社で。4/15日の本
宮の例祭に先駆けて湯峯王子社にて先ず湯登神事。男の子が父親に連れられて湯の峰温泉に行って、体を清められ
た後に参拝する。本日(13日)から4/15日まで祭りが続く。

■09佐賀・護国神社祭・・・・・・・15日まで。
■09鹿児島・護国神社祭。

■09科学技術週間、5/14日まで。
■09水産デー。

▲ソンクラーン・・・・・・・・タイのお正月。タイでは西暦の1/1の正月の外に、中国系の人も多いので2/9に旧正月(春節)を祝うが、本当のお正月は
4/13〜15の3ヶ日です。この頃は暑い時期となるので「水掛け祭り」となり、其れを楽しめるのです。先ず4/13日は、寺にお参りした後、年長者に挨拶に
行って、手に水を掛けて頂く。

次の14日は外出せず家にいます。この日は神がご不在なので出歩かないのです。そして15日には各種の催事・行事が町中で行われます(05/3/12の
NHKラジオ深夜便より引用)。


 















































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4月・中2
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