http://kami.tudura.com 「神々の歳時記」  page077.html (未定稿)


    神々の歳時記   1月前半 但し方位による
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1月・中旬
1月・中旬
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以下のページは「1月の歳時記」です。・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

●イベントや祭典と称する偽祭りが多い中で、昔から本物の祭りを続けて来た事例を此処に紹介し、併せてその縁起
の意味を解説し、方位から正当性を実証する。今月も一部、お祭り専門情報誌 月刊「わっしょい!」全国版 
http://www.omatsuri.com/mailmag/http://www.matsuri.or.jp/cgi-bin/wf/wforum.cgi

及びhttp://www.kotobuki-p.co.jp/index2.html「ブッダワールド行事案内-1月」及び奈良観光連盟ガイドブックの「知れ
ば知るほど奈良はおもしろい」06-07冬号より一部引用・転載させて頂きました。

■各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後毎年06-07と追加する形で示しています。ただ凡そ
歳時記には定例として固定されたものと月の暦で変わるものと星の曜日に従うものとの3種があります。このため開催
日等の詳細は主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。

尚、「星の暦」にも雑節・行事を載せています。 

1月前半 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

1月上旬から2月下旬

■諏訪・御神渡・・・・・・・1月上旬から2月下旬に掛けて、平均55日間に海抜759mの諏訪湖では湖面が夜間に急速
に氷結して盛り上がり、1本の 筋となって、東西、或いは南北に現れる。一旦凍った氷が夜間に収縮して裂け、其れが
昼間に膨張して側圧のため裂け目に沿って押し上げ られ、時には湖岸にまで突き上げる事がある。

こうした現象を地元では古来、「御神渡」と言い、神がお渡りになった印しと見て来た。また古来諏訪・下社では遷宮祭
りが1/1日に行われたが今は2/1日に変更。


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        元旦、年賀、初詣(但し「正しい月」と言っても満月でも新月でもない)
            ▼08/1/1=旧暦11/23つまり霜月二十三夜。    

お正月の元日   年賀、初詣。   若水、若潮 、初妙見。
■07-08宮中三殿(四方拝)    ■07-08歳旦祭・修正会(全国社寺)        

修正会・・・・・・全国諸寺院で〜3日(〜14日)。 
■07-08能舞(1月1日〜10日)【青森県東通村】

■男鹿なまはげ・・・・・・・日本書紀にも登場し、昔から日本海を航行する時の指標とされて来た男鹿。この地に古くか
ら伝わるのが「なまはげ」の伝説で、大晦日の夜に大きな出刃包丁を手に、「泣く子はいねが」と家々を練り歩く。此れ
は男鹿半島全域で行われている民俗行事である。

其の由来は、漢の武帝が連れて来た五匹の鬼が変化した、異邦人や山伏が元になった、神の使いであるなど様々な
説がある。本山麓の赤神神社・五社堂は999段の石段があり、此れは、「なまはげ」が村人と賭けをして築いたと言わ
れ、社殿には五匹の「なまはげ」が祭られている(「生活良好」04/9月号より一部引用)。

男鹿の「なまはげ」は大晦日か1/15に行われたが、今は2月に真山神社で「なまはげ柴灯まつり」がある。真山神社
はニニギノミコトを主神として景行天皇時代に創建された古社と言われる。@

■06-07-08西方の水かけ祭り【福島県田村郡三春町、塩竃神社】
■07-08悪態市・・・・・・最勝寺毘沙門堂(栃木県足利市)では参詣者が悪口を言い合い勝った者がその年の福を得る
という風習。  

■07-08厄除け大師祭・・・・・・惣宗寺(栃木県佐野市)では1/1〜6日に新春の厄除け祈願祭。厄年の男女をはじめ多
勢の参詣人で賑わう。
■06-07-08小田原御幸の浜の初泳ぎ【神奈川県小田原市】

■07-08国祷祭・・・・・誕生寺(千葉県小湊町)で 1/1〜3日。 
■07-08日の出護摩・・・・・・大山寺(神奈川県伊勢原市)。 
■三浦海岸初日の出・問い合わせ:三浦市観光協会 電話(0468)88−0588 観光かながわNOW1月

■相模川寒中水泳大会 観光かながわNOW1月
■07-08無言の行・・・・・・・方広寺(静岡県引佐町)。
 
歳旦祭・・・・・・・三重・伊勢神宮で、国民の平安、国家の隆盛などを祈る。
■06-07-08ゲーター祭り【三重県鳥羽市、八代神社】

■06-07-08平安神宮・元旦祭【京都市右京区、平安神宮】
■07-08修正大般若会・・・・・・天竜寺(京都市右京区)で1/1〜3日。
 
■07-08献盃式・・・・・・東本願寺(京都市下京区)では1/1〜7日の早旦、祖師親鸞上人の厨子を開け屠蘇を供える儀
式。その後修正会。

■07-08初護摩・・・・・・狸谷不動院(京都市左京区)。 
■07-08牛王加持・・・・・・ 鞍馬寺(京都市左京区)。
 
■07-08皇服茶・・・・・・六波羅密寺(京都市東山区)では1/1〜3日、空也上人が病気治癒にお茶を与えたという故事に
ちなみ、小梅を結び昆布を入れた茶をふるまう。
■06-07繞にょう道祭・・・・・桜井市の大神神社の御神火祭り。

■07-08大般若会・・・・・・大安寺(奈良市大安寺町)。
■07-08餅淡義・・・・・・唐招提寺(奈良市五条町)では修正会の法会の後、鏡餅を献じた人々の名を全国50の餅の名
にちなんで賞める行事。

■07-08舎利講・・・・・・法隆寺(奈良県斑鳩町)では1/1〜3日、2歳の聖徳太子が南無仏を唱えた際、手からこばれ落
ちたという舎利を礼拝する。

遷宮・朝賀の由来聖武天皇は月を求めた)・・・・・旧来の遷宮と違って聖武天皇は月を追った。当時の朔(ツイタチ)
とは月の無い新月の夜空であり、つまり「月発ち」を意味した。其処で彼は平城京から恭仁(くに)京に向って天平13年
1/1=U741/1/22に遷宮して朝賀とした。

やがて11/21(U742/1/2)に其処を恭仁大宮とし、翌14年1/1(U742/2/10)日、重ねて百官朝賀(大極殿・四阿
殿)をした。(注)Uはユリウス暦換算。つまり遷宮の目的は、月式の祭り事のための正しい暦を作るために正月方位に
進む事であった。@

何れにせよ恭仁大宮が未完のまま3年で(大極殿はその後に近くの山城国分寺に施入)し、再び遷宮する事となる。@
■次に彼は恭仁京で朝賀(天平15年1/1=U743/1/31)の後に其処から30km東北に離れた所に遷宮し、其処を
紫香楽宮(大極殿)として天平15年1/3(U743/2/1)に百官朝賀して此処を新都と定めた。@

ただ平城宮からは鬼門(U2/5.5)となる。@

聖武天皇は仏教による祭政一致の祭り事によって此の国を治めて理想の仏国土にしようとした。此のため彼は月の節
目である正月方位に幸を求めて遷宮すると言う方式を採った事になるものの、対象が月であったし、群臣諸衆も此れ
を聖武天皇の奇行と受け取った。

■次に聖武天皇は天平16年1/1=U744/1/20日に廃朝して恭仁・難波の二京の便宜(閏1/1=U2/18日)を諮り、
次に同年2/26=U4/13日に難波宮を皇都と定めた。聖武天皇が新京を作り乍らこの日・天平17年1/1=U745/2
/6日)の祭りも廃朝(廃朝とは天皇の休日)。

同年5月に地震も相次ぎ5/10〜11日には恭仁京と甲賀(紫香楽)宮が無人となり平城京に戻る。天平18年1/1
=U746/1/26日は地震により朝賀も廃朝。聖武天皇の天平19〜20年の1/1(元日)=U747/2/14-748/2/4日も廃
朝。続く天平勝宝元(749)年1/1=U1/23日も廃朝。

・・・・以上の記事は「続日本紀」による(暦日のUはユリウス暦換算を示す)。上記の一連の遷宮と正月元日の朝賀は、
彼の舶来崇拝史観による唐風の春節祭事であった。辛くも正倉院には大量の御物を今に残したものの、こうした渡来
式月祭りは相次ぐ地震・火事・怪異を呼び、しかも政変が絶えず、天武系の皇統もその後に女性で閉ざす事となった。

我国の皇統は其れまで1代当り100年以上続くものだったが、仏教暦の渡来と共に100年間に10代変わるような、世代
交代の激しい国とした。古きを嫌って若さを追い、月を祭って、其の正月を正す祭りが次の東大寺の「修正(二)会・お
水取り」行事に引き継がれ、次第に幼帝・院政(陰性)の国とした。

また明治からは星の輝く下で、他者との戦いか戦争経済でうごめきあう時代としました。其れを人は進歩発展!と言う
が、誤解ではないのか。

修正会・・・・・「正月の元日とは正しい月の元の日」を正す事であり、其れが修正会でした。唐招提寺、鞍馬寺、知恩
院、方広寺、最勝寺(栃木)・・・などで行われるが、07年の本日は満月でも新月でもないから形式的(儀礼的)な行事で
あり、実際の「修正」は行えない(今の暦法では「正月元日」にはなっていないため)。

■正月三ヶ日は多くの有名社寺に初詣客が押し寄せます。従って、此処はもう読者の方々の方が其の地の正月行事
や寺社の伝統行事にはお詳しい筈ですし、其れらを此処に集めても本書が一杯に なってしまう。なので其れは省略す
して方位に関してだけ言えば、参道が南北に真っ直ぐ伸びている所が面白い。

四天王寺や東大寺などは古来より冬至(元旦)、または正月の祭りとしての修正会をした社寺の可能性が有ります(ヒ
ジリ「元旦祭」を参照)。だが例えば高野山金堂と奥の院でも修正会が行われるが、参道に関してはこの原則から外れ
る。こうして今は元旦や正月と元日の日取りが不明となり無意味になっています。

正月とは「月を正す」と書く通り、少なくとも新月か満月でなければ意味がない。或いは太陽暦の正月と言うならば、太
陽と月との接点を冬至か、もしくは節分に決定しなければならない。所が現行暦はこうした天文基準を無視したまま、
「マリアの聖日」から一年が始まると言うカトリック教の祝日に右へならへでスタートです(ヒジリの「元日」を参照)。

以後も数字上の区切りで七日づつ暦を刻むだけであり、先のような天文方位の基準とは全く違う観念で進んでいる。つ
まりイギリス式の天文と金融の為の未完の暦か偽暦になっています。

和歌山・藤白神社の獅子舞・・・・・・海南市。
和歌山・春日神社の火祭・・・・・・・・海南市。1日から。

■見島の大凧上げ・・・・・・・山口・萩市では長男が誕生した家の親類や近所の人たちがその子の成長を祈って畳八枚
分の凧を作り、冬空に上げる。
■07-08不動尊開帳・・・・・・円光寺(長崎県郷ノ浦町)。 

■首里城公園・新春の宴・・・・・・琉球王朝時代の朝賀の儀式を再現し、琉球舞踊のステージなど正月恒例の行事が
那覇市で3日まで行われる。以下、http://www.okinawatimes.co.jp/day/200512261700_03.html「沖縄タイムス」によれ
ば、05/12/26(月)記事で「古式ゆかしく美御水を奉納/首里城」とある。

首里王府への美御水の奉納祭(主催・首里城復元期成会)が二十五日、那覇市の首里城周辺で行われた。美御水献
上は、王朝時代の正月行事の一つ。旧暦十二月二十日に辺戸大川(国頭村)で取水した若水を二十八日に首里城へ
運び、元旦に国王がその水で額をぬらし、自らの健康と国の繁栄を願ったとされる。

この日は古式にのっとり神女や役人の衣装をまとった男女約四十人が、今月十八日に辺戸大川で取った水を首里城
正殿に運ぶ一連の儀式を再現。一行は円覚寺総門前で水を清める奉納儀式を行った後、久慶門から城内の東側に
あたる御内原を通り、神女の阿武志良礼を通し正殿に献上した。

美御水は来年一月一日から三日間、首里城公園内で開かれる茶会で用いられ、来場者に振る舞われる(以上引用)。
 
★カトリックでは神母マリア(サンタマリア)の祝日・・・・・・この日からグレゴリオ暦では1年がスタートする。しかしマリア
様について歴史的な裏付けがない上、一部のカトリック教徒の祭りから一年をスタートさせるカレンダーを世界全体に
押し付けて世界標準とするには無理がある。

だから各地では政府筋以外はこの1/1日を特別祝うと言う風習はない(日本だけは例外的にこの日を「元旦」と誤解
して祝うので「無宗教」と言われる)。

日本では明治6年の改暦以前にも既に例えば寛政6年閏11月11日(甲子)、「芝蘭堂」新元会があった。此の日は西
暦1795年1/1(木)に当ったので、大槻玄沢の私塾・「芝蘭堂」では蘭学者が今で言う新年会を祝った。しかしこうした異
文化注入が幕末動乱となり、更に以後の日本を苦難の時代とする序曲だった。


★s21/1/1、昭和天皇の人間宣言。 











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  皇居一般参賀   ■初荷、   初夢、   書初め。  

■06-07-08大日堂舞楽【秋田県鹿角市、大日霊貴神社】
■08早池峰神楽(〜3日)【岩手県花巻市大迫町】
■08仙台の初売り【宮城県仙台市東一番町・中央通り・仙台駅前他商店街】(一部は3日から)

■06-07-08皇居一般参賀。  
■07-08だるま市・・・・・・本覚寺(東京都台東区)。
■08追儺祭【神奈川県寒川町、寒川神社】

■08江浦水祝儀【静岡県沼津市】
■06-07-08北野天満宮「書初め」(1月2日〜4日)【京都市上京区、北野天満宮】
■貫主の社参式・・・・・・・奈良・興福寺から春日大社。

■08千本餅搗・・・・・・・・水間寺072-446-1355(大阪府貝塚市)で1/2〜3日。2つの臼に各々8人の若者がたて杵(細長
い棒)を用いて「曲づき」を披露する。此れは歌に合わせて餅を高く持ち上げながら搗く、1200年余り 続く伝統行事で、
十俵余の餅を搗く。 其の後、厄除け餅の餅まきがある。

■06-07-08三味線餅搗き【香川県さぬき市、長尾寺】

■竹崎観世音寺・修正会「鬼祭」・・・・・・・この寺には、約1200年の歴史と山の鬼を封じている鬼の面箱があり、「有
明海の海の鬼と出会うと島がひっくり返る」、との言い伝えがある。その出会いを裸の若者たちが阻止する。国の重要
無形民俗文化財。佐賀・太良町で3日まで。











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         ▼07望。

■06-07仙台の初売り【宮城県仙台市東一番町・中央通り・仙台駅前他商店街】(一部は2日から)。
■07-08毘沙門天縁日・・・・・・・輪王寺(栃木県日光市)。
■07-08だるま市・・・・・・・喜多院(埼玉県川越市)。

■08柴又帝釈天初庚申・・・・・・・初庚申の日・柴又帝釈天初庚申 厄除け、豊作祈願の庚申参り。初詣りも兼ねてにぎ
やか。本尊御開帳。題経寺(東京都葛飾区)。
■千姫の命日・・・・・・・・2/6を参照。

■08田遊び(静岡・愛知など)
■07-08田楽祭・・・・・・・鳳来寺(愛知県鳳来町)では27種の演目の田楽が奉演される。無形文化財。

■07-08元三初大師・・・・・・・良源上人慈恵大師の忌日(天台宗寺院)。
■08初寅大祭・・・・・・・・・鞍馬寺(京都市左京区)では初寅の日、大護摩供を行う。

■07-08三弘法詣・・・・・・・東寺(南区九条)・仁和寺(左京区御室)・神光院(北区西賀茂)など弘法大師にゆかりの深
い京都の三寺に参詣し、家内安全無病息災を祈願する。 
 
■八坂神社のカルタ始め・・・・・・・京都市。十二単に身を包んだかるた姫らが、百人一首の歌が流れる中、鮮やかな
手さばきを披露する。

■神楽始め式・・・・・・・奈良・春日大社と瑜伽神社。
■07-08牛蒡喰行事・・・・・・・観音堂(奈良県田原町)。 
■07-08初聖天・・・・・・・宝山寺(奈良県生駒市)。

和歌山・下阿田木神社のお弓神事・・・・・・日高川町。
■07-08鬼おどり式・・・・・・・妙法寺(神戸市須摩区) 
■07-08毘沙門天大祭・・・・・・・慶徳寺(兵庫県小野市)。 

■06-07-08玉せせり【福岡市東区、筥崎宮】





   


  
  
   
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■07-08奏事始【宮中】・・・・セイシ(政始)とも言う。
武射祭(栃木県日光市・日光二荒山神社)・・・・・・赤城の神と日光の神が戦った時に弓の名人の猿丸太夫が仲に入
って争いを止めた事による神事。赤城の神の伝説は5/8を参照。

初地蔵(東京都豊島区・高岩寺)
有明祭(千葉県館山市・安房神社) 

■手斧始式・・・・・・鎌倉市・鶴岡八幡宮。由来は、頼朝が鎌倉に宮を造るに当たり、工事の安全を祈ったのが始まりと
言う。手斧はチョウナと言う鉋の事。此処から明日1/5の 除魔神事(鎌倉市・鶴岡八幡宮)に続く。 

■06-07-08田楽祭・・・・・・川名薬師堂(静岡県引佐町)の一名「川名ひょんどり」(火踊)祭。もどき芸で知られる田楽
十三番が奉演される。大松明の燃え残りを仏前に供え、このときの燃え方でその年の豊凶を占う。300年以上前より
世襲により、伝承されてきた祭礼です。

神楽系の舞が多く残され、全国的にも珍しい鬼と松明による、豪華な踊りがあります。参加者は舞台の観音堂に火を
持ち込み、その松明をふりかざしつつ、お堂の中で輪になって、思い思いの唄を出し合いぐるぐる回りながら踊ります
(以上、メルマガ「なっとく歴史館」公式サイト:(随時更新) → http://1rekisi.jpより)。

川名ひよんどりの詳細URL:http://www.habi.ne.jp/inasa/index-j.html

■07-08蹴鞠始め【京都市左京区、下鴨神社】
■伏見稲荷大社の賽銭開き・・・・・・・京都市。
■07大神神社の御弓始祭・・・・・・桜井市の大神神社0743-66-0044。

■07-08鬼走り・・・・・・念仏寺(奈良市漢国寺)。 
■07-08当渡し・・・・・・妙見寺(兵庫県)。
 
■06-07官庁御用始め。(*土曜日曜なら月曜に繰下げ)。
■証券取引所大発会(*土曜日曜なら月曜に繰下げ)














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                       ▼07初亥。
◆07初亥の日は摩利支天の縁日。

■06-07所沢・水天宮「ダルマ市」・・・・・・1月5日は久米(吾妻)にある水天宮の大祭でダルマ市とも言われていまし
た。水天宮は五日が縁日で、毎月五日に祭事が行なわれていました。長い参道の両側には露店やダルマ屋などが並
び、各地からの参詣者で賑わいます。

水天宮のダルマ屋は東京都西多摩郡瑞穂町から主に出店するので多摩ダルマと呼ばれています。戦前は三月五日
の縁日が初水天宮より三月が奉公人の出替りの月でしたので賑わいました。昔は参拝を済ませてマチに帰って来る時
に当時山田屋横丁にあった「金平だんご」で所沢名物の焼だんごを食べるのが楽しみだった様です。

こちらのご主人は「子持ち団子」なるサービス団子を作り評判を呼んだそうです。安産の神様として知られる水天宮様
でしたので女性達には焼団子の先に楊枝にさした小さな団子をおまけに付けてくれたそうです。
以上、http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Asagao/4907/Tokorozawa_Saiziki1.htm「所沢・歳時記」より引用。

■06-07初・水天宮・・・・・・・水天はインド神話の中で最古の神。東京(中央区・水天宮) と久留米。出産の神としても信
仰される。

■除魔神事・・・・・・鎌倉市・鶴岡八幡宮で昨日1/4に続く神事であり、弓始め神事。
■芦ノ湖湖水開き(神奈川県箱根町・芦ノ湖) 

■07-08千本搗・・・・・・・水泉寺(三重県)では多勢の若者が臼をかこんで餅をつく行事がある。

■07-08赤山禅院 (せきざんぜんいん) 八千枚大護摩供・・・・・・京都市左京区修学院開根坊町18 。 075-701-5181
以下、http://kaiwai.city.kyoto.jp/search/view_sight.php?ManageCode=1000140&InforKindCode=1「赤山禅院」より引
用。通称名称 赤山さん、修学寺 (せきざんさん、しゅがくじ) 。比叡山の西麓にある延暦寺の塔頭。

慈覚大師円仁の遺命により888年(仁和4)天台座主安慧が創建。本尊は陰陽道の祖・泰山府君(赤山明神)、かけ寄
せの神として、また、京都の表鬼門にあり、王城鎮守、方除けの神として信仰が厚い。拝殿屋根に瓦彫の神猿が京都
御所を見守っている。毎月4回、比叡山大阿闍梨の加持がある。都七福神の一つ福禄寿神。紅葉の名所。

建立:888年(仁和4)。1月5日、赤山禅院雲母不動堂御宝前にて、新春大護摩供は比叡山大阿闍梨により法修されま
す。一年間の方除け、家内安全等、皆様の所願成就を祈願いたします。一座60分。市バス/修学院離宮道、徒歩15
分。問合先:赤山禅院075-701-5181。見学自由。車椅子による見学:不可。

年中行事は正月五日の八千枚大護摩供。五月五日の泰山府君祭・端午大護摩供。仲秋名月にぜんそく封じへちま加
持。十一月二十三日の数珠供養。十一月中の紅葉まつり(以上引用)。

次に07/12/7日の朝日記事には----此処は神仏習合の不思議な世界を保っているとして、柱に「皇城表鬼門」の木札
を掲げ、また猿の像を「鬼門除け」として祀っている---と紹介している。鬼門の丑寅の逆に位置するのが未申だから猿
で伝えているのだ。

ただ鬼門については御所の鬼門ではなく、実は二条城の鬼門(北東=丑寅2/6の暦方位)に当たっている。旧都・大極殿
から鬼門に当たるのは此処ではなくて実は西明寺山の祟道神社である。

■07北野天満宮・はじき初め・・・・・・・京都市・北野天満宮の「はじき初め」では5mもの大ソロバンを300人の児童が集
まってはじく。

■07かぎろひを観る会・・・・・・・・奈良・宇陀市では毎年旧暦の11/17日の午前4時から万葉の「かぎろひの岡」に集ま
って行なう。かぎろいとは日の出前の薄明かりの暁の空の事。大宇陀観光協会0745-83-2251

近くに元伊勢の1つ、「阿貴宮」ゆかりの阿紀神社(主祭神・天照大神)が静寂の中に佇んでいる。

■07南市・恵毘須神社の初えびす・・・・・・奈良市・春日大社0742-22-7788。1/4の午後から宵宮祭。
■07法隆寺の初護摩祈願法要・・・・・・斑鳩町の法隆寺0745-75-2555。

■楠 正行つらの命日・・・・・・・彼は父・正成と桜井の駅で別れ、やがて成人して正平三年※のこの日1/5、四条畷で戦
死した。この日を旧暦と決め付けて北朝年号の貞和四年とし、イコール西暦1348/2/4、即ちグレゴリオ暦2/12
と見ると何も分からない。文献では普通、※正平三年としているが、観心寺過去帳では正平四年となっているのです。

とすればこの日をユリウス暦にすれば1349/1/24となってしまう。命日が一年もズレるのは問題ですが、四条畷の
戦いと言う史実さえどちらの年だったのか怪しくなるので問題です。ともあれ、四条畷(今の往生院辺り)が彼の終焉の
地とすれば、命日と逆方位となるのは富田林市方面である。此処には彼の母が居ついた楠枇庵がある。@

南朝が当時、渡来の旧暦の仏教暦、具注暦(平安時代の道長や陰陽師が使った)、宣明暦(859〜)、三島暦、伊勢
暦の何れを使っていたかさえ定かではないが、方位から見れば、寧ろ和暦を使っていたと推定出来る。

■07-08鬼祭・・・・・・・竹崎観音堂〔観世音寺〕(佐賀県太良町)では1/5〜6日にダイショウポウという樫棒を群衆が奪
い合う行事。これを手にした者がその年の福運を得るという。

■07-08修正鬼会・・・・・・・成仁寺(大分県)では鬼の降服退散の式会。














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●07-08小寒(寒の入り)。▼07初子。▼07一粒万倍日。 

●06-07六日年越し。    ■08消防出初め式【各地】
■07-08七日堂詣・・・・・・如宝寺(福島県郡山市)で1/6〜7日。
■08柳津の裸まいり(七日堂裸詣り)(〜7日)【福島県柳津町、円蔵寺(柳津虚空蔵尊)】

■06-07-08少林山だるま市・・・・・・群馬県高崎市、少林山達磨寺の公現祭1/6〜7日。高崎市は全国一のダルマ生産
地のため恒例だるま市が開かれる。

■06-07消防出初め式【各地】・・・・・江戸は昔から火事が多く、その為か「火事と喧嘩は江戸の花」と言われた。享保
年間に大岡越前守が1000人を集めて「江戸火消し」を作ったが、その後に町火消しも出来た。何れにせよ、火事のと
きに僅かな賃金で命を張って火を消してくれる町火消しは庶民の味方であり、男らしく頼もしかった。

彼らの心意気が何より嬉しかった。それに喧嘩の多いのは城下町で武士が多かったからか。ともかく、江戸時代の人
気を継承する形で明治政府もそれに倣い、明治8/1/6東京で出初式が行われた。以来、例年この出初式が東京消
防庁と各地で行われる。

■08加賀鳶出初め式(1月5日以降の日曜日)【石川県金沢市、牢川】

あまめはぎ・・・・・・天狗や鬼たちが家々を廻って子供たちを脅す行事(07/1/6NHKラジオ深夜便)。能登町(旧・内
浦町)秋吉地区にて本日17時より、国指定重要無形民俗文化財「あまめはぎ」が行われます。 以下、あまめはぎにつ
いて引用 ... 旧・内浦町では他の数地区でも「あまめはぎ」が行われています。

「あまめ」とは、囲炉裏 ...http://www.noto-tourism.com/bbs/bbs.php?itemid=461
■07-08おびんずる廻し・・・・・・善光寺(長野市元善町)で荒縄の鉢巻きを掛けたびんずる尊者を福杓子で叩きながら
引き回し東の向拝まで移す行事。 

■07-08黒沢田楽祭・・・・・・阿弥陀堂(愛知県鳳来町)では俗に墨つけ田楽または墨塗り田楽。田峯田楽祭・鳳来寺田
楽祭と合わせ三河三田楽の一。古式の田楽三十七番が奉演される。
 
■07-08花奪い祭・・・・・・滝寺(岐阜県白鳥町)では廷年の舞があり、この歌舞の中ごろから天井にかけられている造
花を若者たちが奪い合う。 

■07-08お七夜・・・・・・専修寺(三重県津市)。 

■07近江神宮・名人歌合せ・・・・・・1/7を参照。
■07初祈祷・不動明王護摩供・・・・・・奈良・宇陀市の室生寺0745-93-2003。

■07正暦寺・・・・・・・・酒造りの寺として知られる奈良市の正暦寺では此の日、1トンの米で酒造りを始める(07/1/6NH
Kラジオ深夜便)。

■橘 諸兄の命日・・・・・・・彼は敏達天皇の末裔である。聖武天皇の時に恭仁京遷都を天皇に勧めた。井手町には
彼・諸兄公の旧跡があり、また岸和田市の久米田池の西北に史跡・諸兄塚と光明(聖武天皇皇后)塚がある。とすれ
ば彼は光明子を此処で弔ったのだろうか。

そうではなくて彼の夫人(多比能)が同じ母(橘三千代:命日1/11)から生まれた姉妹の一人だった。井手町には彼が母
のために建てた井提寺跡がある。さて彼の命日が757/1/6であり、此の墳丘の主軸が5月を向いているので生憎彼の
墳墓ではなくて、寧ろ彼の先祖の敏達天皇の前の欽明天皇の命日(4/15)に近い。

欽明天皇陵が橿原ではなくて堺市にあるとすれば其の皇子の敏達天皇(命日8/15)陵が富田林市にある事になり岸和
田ならば何れとも関連性が出て来る。また墳墓の形から見れば其の子、橘宿禰奈良麻呂757/7/4でもない。ただ橘氏
の末裔が南北朝時代に活躍した楠氏であり、此の南河内に本拠があった。

八幡神社・勧請縄掛け・・・・・・・・河内長野市天見の当社で毎年1/6に近い日曜日。長暦3(1039)年以来の伝統行事
と言う(市指定無形民俗文化財)。











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▲西暦の七草

●06-07七草(但し旧暦ですべき事)・・・・・七草の材料は此の時期になるとスーパーの店頭には並ぶものの、元々此
の風習は旧暦の雑節ですから自然界に七草は生えてない。其れでも七草の風習を西暦(キリスト暦)で本日にするの
はナンセンスであり、「伝統文化を守る」事ではなく「文化破壊」に近い。

▲06-07-08人日(七草に同じ)。   ▲06旧・こと納め。旧針供養。

■07-08蘇民祭・・・・・・・黒石寺(岩手県水沢市)で1/7〜8日。厄除けを念じ福徳を祈願し、蘇民袋を奪い合う行事。厳
寒中の裸祭。
■07-08七日堂開帳・・・・・・・国分寺(宮城県仙台市)で1/7〜8日。
  
■07-08七日堂裸詣り・・・・・・・円蔵寺(福島山県柳津町)柳津虚空蔵尊で多勢の若者が裸で詣り、堂内に下げられた
縄にもみあいながら登る無病息災を祈る行事。
■07-08ご印紋・・・・・・・・・新勝寺(千葉県成田市) 

■08白馬(おうめ)祭・・・・・鹿島市・鹿島神宮0299-82-1209
■07-08毘沙門天祭・・・・・・・・妙法寺(静岡県富士市)。

■07-08田遊祭・・・・・・・・尊永寺(静岡県袋井市)では大刀の舞・棒の舞・白鍬の舞・牛ほめ・のっとう(祝詞)・鳥追・早
乙女の七段でなる。投矢の神事がある。 

■07-08御判頂戴・・・・・・・・善光寺(長野市元善町)では1/7〜15日、如来さまの宝印を赤布に包み、寺憎が参詣者の
額に押して頼る結縁の行事。

■富山の神農さん・・・・・・・薬業組合。
★07加賀鳶出初め式・・・・・・・(1月5日以降の日曜日)。石川県金沢市、牢川。07年は強風の中、一部取りやめた。

■07-08鬼祭・滝山寺・・・・・・・・滝山寺(愛知県岡崎市)で天下泰平を祈る祭。鬼面をかぶった厄男三人、が白衣に松
明をかざした多数の厄男と鬼の所作よろしく踊り狂う火祭。 

■天智天皇の命日か・・・・・・・彼がが近江の宮で崩御した日として日本書紀では671「12月乙丑3」とし、其れをユリウス
暦にすれば672/1/7、グレゴリオ暦では1/10)になる。従ってこの日1/7とするのは一つの仮定である。@だが、円
形・または方墳なので残念ながら此処は天皇陵とは言えないので別記する。

とすれば彼の陵が別にある事を此処で指摘すべきと思う。候補地としては既に堅田南に大津市の木ノ岡町に天皇陵古
墳とも言われる陵墓参考地が二ヶ所あって一つだけ可能性が有る。@

次に飛鳥には有名な「石舞台古墳」がある。此処は今、蘇我馬子の墓とされているが、実は其れは馬子の庭園があっ
たとか、隣の飛鳥寺(安居院)の西に「入鹿の首塚」が有ると言った傍証から、古墳の主を喜田貞吉氏が「桃原の陵」を
論じて以来、通説となったものに過ぎず、根拠に乏しいのに対して、石舞台は昔から「天智天皇の墳墓」とされていた。


無論、天武が次の都を飛鳥と選んで大宮を設けたのは、当時の月暦・つまり陰陽暦による暦日から方位を決した訳で
あり、其れによって彼はやがて「浄御原天皇」とも呼ばれた。@

次に行事に関する記録を見れば、翌「壬申の年」末の辛酉の日、即ち陰陽暦12/4、天武天皇は諸臣に官位を増し
給った。と言う事は、つまりこの日が天智天皇の命日から壬申の乱をへて陰陽暦による一年後に当たっていた訳であ
る。また「延喜式」でも12/3日に近江の崇福寺で弔いをする慣わしだった。

とすれば此れは仏式の暦による法事だったと見なすしかない。@

ともあれ、命日12/3(ユリウス1/7、グレゴリオ暦では1/10)を元にすれば、彼の日迎えの祭りは、概ね六月に行われて
来たものと推定する。最後に、天智天皇を祭るために明治に造られた近江神宮では6/10を例祭日とし、またこの日は
彼が作った漏刻に因んで、「時の記念日」としたのだろうか(「6/10」を参照)。

更に蛇足であるが、@大阪・羽曳野市・蔵内には「天智の坂」古墳(後円径80mで半壊の前方後円墳)があるようで
す。またA鹿児島の指宿に「天智天皇陵」の伝承地がある、と言えば荒唐無稽の事と一笑されるだろうか。

其れについて市の担当者は、「指宿の地名は、天智天皇が大隈半島に来られて指で宿を指された事を機縁に命名さ
れたとの由来があるものの、関係遺跡や古墳はない。其処が仮に色浜の若水神社の境内地としても未確認」と否定さ
れた(2004/1/7)。

だが開聞神社には彼が其処で79歳まで暮らしたとの伝説が残っているのである。また彼が大宰府に木の丸殿と言う
内裏を置いたので、其の方位から見れば指宿に「日迎えの」寿陵が造られたとしても不思議ではない。ただこの揖宿の
件については彼の可能性よりも、次の弘文天皇の可能性がある(「7/23」を参照)。

■07-08祇園歌舞会学校始業式【京都市東山区】
■07-08牛王・清水寺・・・・・・・・清水寺(京都市東山区)では修正会の満願の日。柳の杖(牛王杖)で本尊の光背を打
つ行事。参詣人に牛王宝印を授けるが、この宝印の紙は商家にとって商売繁盛のお札とされる。

★07若草山山焼き・・・・・・毎年成人の日の前日。奈良県奈良市若草山一帯。古都奈良を彩る早春の風物詩。夜空に
山全体が浮かび上がる様は壮観。奈良公園管理事務所0742-22-0375
■07春日大社・御祈祷始式・・・・・・・・春日大社0742-22-7788

■07-08東大寺の修正会・・・・・・・・東大寺(奈良市雑司町)0742-22-5511。奈良市観光センター0742-22-3900
★07霊山寺・大弁才天・初福授法要・・・・・・奈良市・霊山寺0742-45-0081

■07-08灌頂かけ・・・・・・・・金勝寺(奈良県平群町)。 
■07-08法隆寺の金堂修正会・・・・・・・・斑鳩町・法隆寺0745-75-2555で1/7〜14日。

■07-08箕面・お富法会・・・・・・・・滝安寺(大阪府箕面市)。 
■07-08修正会・・・・・・・・四天王寺(大阪市天王寺区)で1/7〜14日。  
■08八咫烏(ヤタガラス)神事【和歌山県田辺市本宮町、熊野本宮大社】

■07-08鬼払・・・・・・・・勝福寺(神戸市須磨区)。  
■07-08会陽・・・・・・・・長尾寺(香川県長尾町)。 
■07-08会陽・・・・・・・・金山寺(岡山市金山寺)。

■06-07-08追儺祭(鷽うそ替神事、鬼すべ)・・・・・・・・福岡県太宰府市、太宰府天満宮で。

★07ホーランエンヤ【大分県豊後高田市】
■07-08修正鬼会・・・・・・・・天念寺(大分県豊後高田市)・岩戸寺(大分県国東町)では五穀豊穣、息災延命を祈願。
大松明の前に出た鬼が、寺僧とともに悪魔退散のための踊りをおどる行事。  

★エチオピアのクリスマス・・・・・・国民の15%がキリスト教徒のエチオピアではこの日がキリスト誕生の祭りである。エ
チオピアのエルサレムである岩の教会には多くの信徒が集まってクリスマスが祝われる。












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★07成人の日。08は14日。 ▲07初寅。初寅の日は昆沙門天(多聞天)。

■06-07-08初薬師(各地薬師堂)衆生の病患を救い、法薬を授ける薬師如来の初縁日。薬師如来を祀る寺院は下記
では◆印。 
■07-08だるま市・・・・・・◆妙見堂(福島県いわき市) 

■大俵引き・・・・・・・1月8日(土)福島県会津坂下町。五穀豊じょう、商売繁盛などを祈願して勇壮に繰り広げられる奇祭で、町役場前の目抜き通りで
行われます。高さ約2・5メートル、長さ約4メートル、重量約5トンの巨大な米俵を、寒風吹く中で下帯ひとつの男衆約200人が東西に分かれて力の限り引き
合います。東が勝つと米価が上がり、西が勝つと豊作となるとされています。始まりは、蒲生氏の時代までさかのぼると、いうことです。

詳細URL  http://www.town.aizubange.fukushima.jp/index.html (以上はメルマガ【なっとく歴史館】 公式サイト: http://1rekisi.jpより転載)。

■06-07-08お焚上行事(トンド焼き)【東京都台東区鳥越、鳥越神社】
■07-08大般若会・・・・・・◆新勝寺(千葉県成田市) 
■07-08八日堂縁日(初薬師)・・・・・・◆国分寺(長野県上田村市)

06加賀鳶出初め式(1月5日以降の日曜日)【石川県金沢市、牢川】

■07-08市辺薬師裸厄除供養・・・・・・市辺薬師如来堂(滋賀県)で1/8〜9日。以下http://www.bcap.co.jp/s-hochi/bno
/2001/01-01/n010113.html 滋賀報知新聞(ニュース)平成13年1月13日(土)第12527号・近江の奇祭「西市辺裸まつり」より
引用。良縁長寿の「繭玉」争奪=飛び交う下帯姿の若者たち=  

下帯姿の男たちが「繭玉」の争奪戦を繰り広げた西市辺裸まつり――市辺薬師堂で――(湖東・八日市市)
八日市市市辺町の市辺薬師堂で十三日夜、下帯姿の若者たちが「チョーライ(頂礼)、チョーライ」と唱えながら天井に
飾られた「繭玉(まゆたま)」を奪い合う、県無形民俗文化財「西市辺裸まつり」が行われた。

五穀豊穰、町内安全を祈願して行われる伝統のまつりは、近江の奇祭として知られ、毎年、県外や国外からカメラマン
や見物客が大勢訪れる。

午後八時半過ぎ、身を清め、羽織はかま姿となった薬師堂向かいにある若宮神社氏子の若連中(町内の十五歳以上
の独身長男)二十五人は、入り口で「お十二灯(オジュニトウ)」と言いながら秘仏の木造薬師如来立像の前に灯された
十二本のロウソク目がけてさい銭を投げ込み、次々と薬師堂に入ってくる。

車座になった若連中は、新年のあいさつや儀式を古式にのっとって一時間ほど行うと、太鼓の合図とともに一斉に羽
織はかまを脱いで下帯姿になり、いよいよ「繭玉」の争奪戦が始まる。「繭玉」は、一斗(約十五キロ)のもちを丸めて長
寿の木とされるエゴノキの枝につけ、高さ約三メートルの天井に飾られたもの。

これを取った者には良縁と長寿を授かると言い伝えられている。「頂礼、頂礼」の掛け声と太鼓が鳴り響く合間に、肩を
組む仲間の背中を踏み台にして一人、二人と若連中が梁(はり)への飛び移りを試みる。しかし、先に取られてはなる
まいと他の若連中が下から足や下帯を引っぱり引きずり降ろす。その繰り返しがまつりのクライマックス。

十分ほど争奪戦が繰り広げられた結果、会社員の安田辰博さん(25)が見事「繭玉」にたどり着き、天井から「繭玉」を
下ろすと、見物客から大きな拍手が沸き起こった。

若連中たちはこのあと、「無病息災」「五穀豊穰」などの願い事が込められ、堂内に張り出されていた信者の名前が書
かれた紙をはがしていっせいに囲炉裏の中に投げ込むと、その名前を読み上げ、「ヤロジャソドレ」「ヤロンジャエッサ
オドレ(薬師如来エッサと踊れ)」などと唱えながら、未明まで下帯姿のまま踊り続けた(以上、引用)。

  
◆07初寅大祭・・・・・・鞍馬寺(京都市左京区)では大護摩供を行う。
■07-08後七日御修法・・・・・・◆教王護国寺(京都市南区)で1/8〜14日。 

★06若草山山焼き(毎年成人の前日)【奈良県奈良市若草山】
★07春日大社・成人祭・舞楽始式・・・・・・・・春日大社0742-22-7788。林檎の庭で。成人の日(第二月曜)に古式により
舞楽始式で万歳楽が厳かに奉納される。奈良市観光センター0742-22-3900

■07唐招提寺・大般若・転読法要・・・・・・・・唐招提寺0742-33-7900

■07長谷寺・仏名会・・・・・・・・桜井市・長谷寺0744-47-7001で1/8〜1/10日。
■07法隆寺・大講堂・最勝王経・讃説・・・・・・・・金光明最勝王経の徳を讃える法要。法隆寺0745-75-2555で1/8〜1/
14日。

和歌山・湯の峰八日薬師祭・・・・・・田辺市本宮町。
■07淡路・金山比古祭・・・・・・兵庫・淡路島の金山比古神社では、此の日、的矢神事と小学生の神楽舞。

■07-08追儺会・・・・・・◆鶴林寺(兵庫・加古川市)。 

■07-08火除牛王・・・・・・◆聖福寺(福岡市御供所町)。

■07博多・十日戎・・・・・・博多の十日戎神社では、もう既に参拝客が集まっている。戎神社は昔、宋銭を種銭として貸
した。其れを種銭として商売人は商売で稼いで、利子を付けて返した。だから「商売の神様」になった。此処では今、
「福引」が人気です。其れにしゃもじに「一斗二升五合」と書く。其の意味は「五升倍・升々・半升」である。

(07/1/8NH総合TVで生中継)。

■07-08法華岳薬師祭(初薬師)・・・・・・◆法華岳薬師寺(宮崎県国富町)。 

★07成人式・・・・・昔は皇家・武家は元服(加冠)し、幼名から元服名に改めた。庶民は十三参りをした(ヒジリ事典を参
照)。十三参りは北関東(会津)や京都で盛んで、後者は広隆寺の虚空蔵へ参った。エトは12であり、13は2順目に当
る。女子は此の頃から体質も変化する。

よって旧3/13日には数え13歳になった男子・女子が近くの寺院に参拝して厄除・開運を祈った。また虚空蔵求聞持法
を修すれば仏智開発・記憶力増進があると言う信仰があった。同時に虚空蔵は、十三仏信仰として先祖の追善供養33
回忌の「弔い上げ」の御本尊でした。

従って成人式は、此れまでの成長を先祖に感謝し、祝うと同時に大人としてスタートする独り立ちのケジメの儀式である
から、何処かの町の様にディズニーランドで騒ぐようではケジメにならない。



 
 








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●06-07-08宵戎。    ▲07卯(1月最初の卯の日)。   ▲07一粒万倍日・不成就日。
08宵戎------船方祭(石川県内各地の漁村)。

おみ(御神)渡り・・・・・・・長野・諏訪湖が全面凍結して湖面の氷がせり上がって一筋のラインとして現れる事。06/1/
10日には2年ぶりに出現したのを、この神事を司る八剣神社の宮坂清宮司が認定した。今年は高さ40〜50cmの氷
の白い筋が東西と南北に計3本走った。

御神渡りは神様が湖を渡った跡と伝えられ、今年はきっと良い子とがる筈だと期待されている(06/1/10朝日新聞)。た
だ最近は氷結しない年が多くなり、07/2/25日には其の報告神事となった。

■07初鋳込み・・・・・・・富山・高岡市の釣鐘メーカー。

■07-08修正会・・・・・・・観菩提寺(三重県島ヶ原村)で1/9〜10日。 
■07-08報恩講・・・・・・・専修寺(三重県津市)で1/9〜16日。  

■07フナ鮨切り・・・・・・・滋賀・草津市ではフナ鮨切りの神事。 

■07-08親王講・・・・・・・金竜寺(滋賀県永源寺町)。 
■07-08報恩講・・・・・・・新鸞上人の忌日、その恩徳を報謝する法会が西本願寺(京都市下京区)ほか全国浄土真宗
本願寺派諸寺院で1/9〜16日。

■06-07京都・西本願寺・報恩講・・・・・・1/9〜16日まで。
■07-08仏名会・・・・・・・長谷寺(奈良県桜井市)では参詣者が未明から裸詣をし賑わう。 
■07塩町・恵美須神社大祭・・・・・・・大和郡山市・塩町・恵美須神社で1/9〜10日。祭典委員長0743-53-0622

若草山の山焼き(2005)・・・・・宝暦10(1760)年、当時の奈良奉行が東大寺と興福寺・春日大社の間で領地争いを仲裁するため、境界線 が複雑な若草
山で関係者立会いの上で行ったのが始まりとされ、明治33年から夜間行事になった。最近は成人式の前日となった。
奈良市観光センター0742−22−3900

さて若草山の頂上部に鶯塚と言う前方後円墳があり、山焼きの起源は其れ以来行われて来たと思われるが、今は奈良市恒例の観光行事として約33ヘクタ
ールの草地が焼かれる。因みに、「鶯塚」は実は反正天皇の御陵でした(「1/23」を参照)。06年は1/8、07年は1/7。

■07-08弓祝式・・・・・・・奈良・川上村の烏川神社・運川寺で1100年以上続く伝統ある鬼退治の儀式。射手が鬼に矢を
放つ場面が見所。川上村産業振興課0746-52-0111

●06-07エビス祭・宵宮・・・・・・・・関西には「えべっさん」が凡そ450ヶ所あると言われる。其れほど人気が有るものの、
殆どは明治になって急増(勧請)した言わば流行り神である。元々は山(葛城)の神だったが、やがて水の神、稲作の
神、漁師の神となり、今は市場(商売)の神へと変化した。

大阪・今宮戎の場合は其のケースであり、今も例年、木津・黒門市場から大きな鯛が献上される。さて、今宮戎の略鬼
門に生国魂神社(元の宮は大阪城本丸にあった)があり、その相殿には大物主神を祭り、また末社には鞴ふいご神を祭
り、7/9には夏祭りをして来た(事典の「エビス」を参照)。@

戎さんは1/9-10-11日と続く。宵戎-本戎-残り福と言う。今宮戎は此の3ヶ日で凡そ120万人の人出で賑わう。「商売繁
盛で笹持って来い」と言う呼び声が煩い。「えべっさん」は耳が遠いので、正面から挨拶しただけでは願いを聞き届けて
くれない。だから後ろに廻って、本殿の壁を叩いて、もう一度念を押すのが通(俗習)である。

銅鑼も叩くから賑やかである。また畳30帖の賽銭箱が人波に揉まれる。古い笹とお賽銭が高さ2m、胴回り4.5mの醤
油ダルに投げ込まれるので、幾つもの樽が20分で満杯になると言う。今年の福笹は800〜5000円くらいで売られる。三
日間の売上は1億円を越える。売る係りが年寄りに代わって戦後は福娘が活躍して人気となった。

30人の募集に対して6000人も応募した記録もあると言う(07/1/6NHK総合TVでs56年の録画)。
        
■仲衷天皇の陵として治定されているミサンザイ古墳(藤井寺市)の築造角度・・・・・・彼は2/ 6に崩御した事になって
いる@彼の御陵とするには無理がある所です。

■和歌山・天狗祭り。

■07-08お綱うち・・・・・・・兵庫県養父市の別宮地区では毎年の此の日、太さ30cm、長さ17〜18m、重さ70〜80Kgの大
綱を作り、村中で綱引きをして豊作と厄除けを祈る。「お綱」は、龍に見立てたもので綱を引き、占いが終わった後には
欅の木に掛ける。

■和布刈神事【福岡県北九州市】   
■07-08千日詣・・・・・・・蓮城寺〔内山覿音〕(大分県三重町)。  


■07学校始業。













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■07-08歌会始め。     ●07-08十日戎・初金毘羅。    
■07-08山形の初市【山形市七日町・十日町】
■07-08長浜盆梅展(1月10日〜3月10日)【滋賀県長浜市、慶雲館】

■07十日戎【京都・恵美須神社】・・・・・・京都市東山の八坂神社の恵美須神社から七福神を載せた蛭子船が出て市内
を巡幸するほか、宝恵カゴが出て30ヶ所を訪れる(07/1/5のNHKラジオ深夜便より引用)。
所で、戎さんの縁日は1/10、そして2/8の事始の何れが正しいのか。@

■07-08十日戎【京都府宮津市、智恩寺】  

●天智天皇祭・・・・・・天智天皇が近江の宮でこの日に崩御したとして近江神宮で行われる。日本書紀では671「12/
乙丑3」とし、其れをユリ ウス暦にすれば672/1/7、グレゴリオ暦では1/10)となるためであるが、方位から見れ
ばもっと前の日だった(「12/25」を参照)。

奉射祭・・・・・・祭りの前に四方に矢を撃って神域を清めようとした神事。或いは一定の方向に射って其の方向を示
し、もしくは戦いの前に音の出る鏑かぶら矢を放って合戦(宣戦布告)の合図とした。このため各地のこの種の神事には
独特の意味があり、時期は勿論、行列と進み方の動作の作法や的の数まで細かい規定がある。

1/3日には群馬・一宮町の貫前(ぬきさき)神社で水的神事。12/11の神機織神事の四方拝で使った桑弓と蓬の矢
を用いる。続いて1/7にも奉射神事をするが、此れは鬼退治の意味と言う(おお怖!)。
1/7日には鹿児島・川内市の新田神社で奉射祭(的射の神事)。

1/10松尾神社の奉射式は、京都西七条の御旅所で1/10と1/12に都合二回も行う。能舞台に幣を立て、組的の
裏に鬼の字を書いてブラ下げて、皆で寄って集ってウツのです(イジメの見本?)。

1/12(元は13)日、京都伏見の稲荷神社でも奉射祭(御弓始祭)。祭式の後に神職二人が的場に出て真弓で二回
射る。この弓矢は悪魔を除くと信じる信者から懇望される。また
1/13日には熊本・長洲町の四王子神社で破魔弓祭があり、此れを「的ばかい」と言う。

海に入って矢を奪い合うので裸祭りである。其の切れ端は火除けの護符となる。次に
5/14(昔は旧暦3/1〜3)日には島根・出雲大社で例祭の前に馬場で的射式と流鏑馬(やぶさめ)。由来は大穴牟
遅神が八十神を坂の御尾河瀬毎に追い詰めた古事によると言う。

■07奈良・春日の十日えびす・・・・・・・・・奈良・春日大社の佐良気神社0742-22-7788
■07奈良・長岳寺・節会(網掛け行事)・・・・・・・・・奈良県天理市の長岳寺で山門前に掛けられて21日の初大師には全
員に甘酒が振舞われる。長岳寺0743-66-1051

■07奈良・津島神社・初恵比寿・・・・・・・・・奈良県田原本町。津島神社0744-32-3914
■07-08十日戎-本戎【大阪市浪速区、今宮戎神社】・・・・此処では宝恵カゴ行列が人気である。此れは200年前の江
戸時代に、旦那衆が料亭の芸妓を籠に載せて練り歩いて参拝する風習を残したもの。 

■07-08十日戎-堀川戎(えびす)・・・・・・・・大阪市北区西天満。社記によると550年頃創建、文和(ぶんな)年間(1352
〜56)当地に移築したと伝える。祭神蛭子(ひるこ)大神ほか。南の今宮戎とともに商売繁盛の神様として市民に親しま
れ、堀川十日戎として大いに賑わう。

■07-08十日戎-本戎-開門神事【兵庫県西宮市、西宮神社】・・・・・・この西宮にはアマテラスの外に事代主神などを祭
る。事代主神が一般に「恵比寿様」として、また1/9〜11日が此処の例祭(宵戎・本戎・残り福)である。但し方位から
見ればこの祭りは旧暦であり、今のカレンダーでは寧ろ2/11にすべきかと思われる(2/11を参照)。

因みに上記の難波「今宮」と西宮とのどちらが本家かと言えば後者である(8/22を参照)。
さて此処では早く着いた順から3着までを福男とする。

■07-08初こんぴら【香川県仲多度郡琴平町、金刀比羅宮】
■07事代主神社・おゆ神楽・・・・・・・四国・愛媛?の同社で(07/1/10NHKラジオ深夜便)。

■07お守りさん・・・・・・五島市。平家落人伝説のある当地では、村廻り役がお経の本を持って約800世帯を廻り、家々
の人の頭に経本を翳して祈る(07/1/10NHKラジオ深夜便)。


★06-07110番の日。













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                              ▲07下弦。
●06-07鏡開き(関東)・蔵開き・・・・・お正月様に鏡餅として供えた餅を下げて、人が雑煮として戴く。
▲07初巳。初巳の日は弁財天。
 
▲三沢大火・・・・・・・青森。39年前の今日、一家庭の台所から出火した時、風速29mの強風が三沢市に吹いた。木
造家屋が多かったのに加えて、乾燥期の冬に風が吹けば更に乾燥する。また放水した水もこの時は凍ってしまう状態
だった。一時鎮火した後にプロパンガスのタンクの誘爆が相次いで事態が悪化した。

だが其処に米軍の支援が来たので出火から6時間後に消す事が出来た。消失家屋450棟。一面、戦後の焼け野原
のようになったが一人の死者も出さなかった。其れまでにこの地域は防火意識が高く、避難訓練などをしていたので犠
牲者を出さなかったとも言われる(読売テレビ「今日は何の日」より引用)。

■07-08鉢敲出初・・・・・・空也堂(京都市中京区)では念仏の寒修行として早暁の勤行後、鉦鼓を持ち、托鉢の装いで
市内を巡り、念仏を唱える。

■07嘉吉祭・・・・・・・奈良・桜井市の談山神社では、室町時代から553年続く此の祭りを地元の頭屋の奉仕によって行
なっている。神輿が出るが一般の参拝は不明。
 
49光仁天皇の命日・・・・・・白壁皇子・天宗高紹天皇・後田原天皇//平城宮/平岡陵-田原東陵/天応1/12/丁未
23/782/1/11-1/15。光仁は称徳天皇の崩御により即日皇太子となって同年即位し元号を宝亀と改元した。井上内親
王を皇后としたが大逆のため山部親王(桓武)を皇太子として生前に桓武に譲位している。

つまり彼は平城宮ではなく、桓武と共に長岡宮に移って来ていて崩御されたと推定できる。だから桓武としては長岡宮
から光仁の命日方位に向かった。起点は長岡宮であるが、今の長岡京市ではなくて向日市内の長岡宮跡推定地でも
なく、今の向日神社から少し離れた上植野町である。

其処からユリウス暦の1/11に向かった先が旧・平安京・大極殿になる。但し今の御所ではなくて当時の内裏は今の中
京区・旧大極殿跡である。また其の旧大極殿跡から更に進めば南平岡町がある。彼は先ず平岡陵に葬られたが、平
岡とは大和ではなくて此処(左京区)に有った。

上賀茂神社の神宮寺山の東側の小山、つまり南平岡町の西側に光仁陵が有った筈だ。因みに其の先に木野、其の
先に上蔵地区があるが、そんなに奥に入る必要はなかったろう。因みに長岡から見て、命日の逆方位は長岡天満宮、
水無瀬、大阪・東成区へと至る(1/15平安遷都を参照)。

更に先の光仁の傍証として后の高野新笠の陵も矢張り長岡宮を基点として其の方位に陵を造っている。また仏教では
西暦よりも旧暦で法事をするが、例えば大安寺(奈良市大安寺町)0742-61-6312では年明けの07/1/23日(旧11/5)に
光仁会として、62歳で皇位についた光仁天皇の御忌法要を行う。


若草山の山焼き(2004)・・・・・2005年は1/9。以後成人式の前日となった。
■07-08粥占神事(15日に占記配布)【大阪府東大阪市、枚岡神社】

■07-08ちょんな(手斧)始・・・・・・・・四天王寺(大阪市天王寺区)。1400年の伝統を持つ宮大工・金剛組(事典の同項を
参照)による。

■07お弓神事・・・・・・・広島・尾道市の小島で。 
■07-08五大力祭・・・・・・選択寺(福岡市博多区)では盗難除けに御利益があるという五大力菩薩の祭。   














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              ▲07三隣亡。

■07-08初会式・・・・・・薬王寺(福島県日和佐町)。 
■07-08黒岩虚空蔵詣・・・・・・満願寺(福島市黒岩町)では1/12〜13日。 
■07-08三春だるま市・・・・・・福島県三春町字大町。 

■07-08青梅だるま市【東京都青梅市】
■07-08俎開き・・・・・・報恩寺(東京都台東区)では手を触れず、庖丁と箸を用い魚を料理する庖丁式。

■07-08奉射祭【京都市伏見区、伏見稲荷大社】
■07-08勢観忌・・・・・・知恩寺(京都市東山区)では法然の弟子源智の忌日。  

■07乱声(ランジョウ)・・・・・・07/1/12。奈良・都祁(つげ)村の寺に室町時代から伝わる魔除けの神事で、長さ50cm
の竹棒で床板を三度づつ叩く。 
■06和歌山・川湯十二薬師祭・・・・・・田辺市本宮町。














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■07-08初虚空蔵。

■07-08木古内佐女川の寒中禊ぎ(1月13日〜15日)【北海道上磯郡木古内町、佐女川神社】
■源 頼朝の命日・・・・・・彼は正治元(1199)年正月13日のこの日に鎌倉で年53歳の時に薨去した。但し1/18を
参照。

■08千姫凧(たこ)揚げ・・・・・・・茨城・常総市・橋本運動公園。常総市商工会0297-22-2121
■08小高のはだか参り(成人の日前日)【千葉県匝瑳市、妙長寺〜八坂神社】
■07-08お頭靖曳馬会式・・・・・・身延山久遠寺(山梨県身延町)。

乱声・・・・・・以下http://www16.ocn.ne.jp/~omatsuri/y-junnjo.html「長野県阿南町新野の4大祭り」から引用する。
とほき世ゆ---山に伝へし神いかりこの声を、われ聞くことなかりき釈迢(空国指定重要無形民俗文化財)
雪祭り・・・・・・1月13-14日。

乱声. 大松明点火. 庭能(二夜田楽) . お上り行列. 本殿の儀. 加藍様の儀. 大松明起こし. 神楽殿の儀. 幸法 ...
1月13日---伊豆神社より諏訪神社への渡御(お下りの行列)---試楽(びんざさら舞、論舞、宣命、順の舞)---御神籤
(おみくじ)で舞役を決める。

試楽(正直っきり、海道下り、神婆、天狗、八幡、志津目)、お滝入り(禊を行う)、試楽(びんざさら舞、論舞、万歳楽、
代まつり、面化粧、競馬乗合せ、田遊び)。
1/14日夜〜15日朝には大松明点火---宝舟にエビス大黒様と稲穂を乗せて大松明へ3・3・9度で点火。

雪の中を軽やかに舞い終盤に田楽のささら舞を連出し舞う。幸法のまねをして舞うが足の蹴り方が反対。荒々しく機敏
に舞った。もどき放った矢を拾った人は縁起がいいと言われ、毎年 東に向かって放たれる。壱の馬は「太陽」、弐の
馬は「月」とされ、馬の額と被り物にはそれぞれ太陽と月が輝いている。幸法競馬。

■08三十三間堂大法要通し矢(15日前後)【京都市東山区、三十三間堂】

■08若草山山焼き(成人の日前後)【奈良市】・・・・奈良の新年を彩る祭典。正午に号砲、午後4時50分から聖火行事。
5時20分に山焼き祭典。安全祈願の後、大篝(かがり)火に点火。5時50分、花火打ち上げ。6時に山焼き点火。消防団
員300人がラッパの合図で約33fの草地に一斉に火を放つ(08/1/8朝日)。奈良公園管理事務所0742-22-0375

■07-08福もらい十三詣・・・・・・万福寺(岡山県津山市)虚空蔵祭。 

■08ホーランエンヤ(1月上旬)【大分県豊後高田市】













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★08成人の日。    ■06-07-08十四日年越し    
■07-08裸参り【岩手県盛岡市、教浄寺】      
■06-07-08どんと祭・・・・・・・宮城県内 仙台市、遠田郡など各地で。

■06冬渡祭・・・・・・・宇都宮市の二荒山神社で、午後五時頃から神輿が大通りを渡御し、豊作を祈る田楽舞が奉納さ
れる。以下、http://www.utsunomiya-cvb.org/topics.shtml「宇都宮コンベンション協会」から引用する。●12/15・1/15 
「おたりや」宇都宮二荒山神社---

「おたりや」は、宇都宮市民に一年の終わりと正月の終わりを告げる二荒山(ふたあらやま)神社の夜祭として知られ、
夜中に行われる神輿の渡御や宇都宮市指定文化財の田楽舞が奉納されます。二荒山神社のご神体を下の宮がある
荒尾崎から現在の臼が峰に還座したことが祭礼の始まりと伝えられ、古く838年(承和5)まで遡ります。

一般に神社の還座の儀式は夜中に行われるものであり、二荒山神社でも夜中に行われたことから、これを渡り夜と呼
ぶようになり、後にこれが訛「おたりや」と呼ばれるようになったと伝えられています。

祭礼も、12月15日と1月15日の2回に分けて行われたと考えられ、12月を「冬渡祭」、1月を「春渡祭」と書き、どちら
も「おたりや」と呼んでいます(引用以上)。12/15を参照。

■08だるま市・・・・・・・築西市・旧下館大町通り。実行委員会0296-24-2244
■08境・達磨市・・・・・・・茨城・境町の上町裏通り。境町商工会0280-81-1319

徳川光圀の命日・・・・・・元禄13年12/6甲子だがグレゴリオ暦では1701/1/14になる。彼は28万石で中納
言になるまで笠原水道を完成した外、大日本史379巻を編纂したり蝦夷地に大型船・快風丸を出したが、犬公方・綱
吉に苦言して隠居を命ぜられた。だが領民には「救民妙薬」を配布して慕われた。

やがて70〜72歳の時に今の常陸太田市・西山荘で薨去した。今の西山荘は彼(義公)の薨去後に規模が縮小された
ので、もっと東の西山公園からこの日1/14の方位に進めば光圀の墓所に至るので円暦方位に合致する。@

其処までの途中に瑞龍山がある。以来、此処が頼房(威公)以下、13代藩主・圀順までの水戸徳川家の墓所となっ
た。また瑞龍山と水戸の方位は1/9になる。偕楽園には同方位に御成門、次に好文亭があり、千波湖・千波山に至る。

事実、偕楽園には明治まで光圀を祭る祠があったが、其処から明治7/5/12に遷座して常盤神社029-221-0154として
祭ったものである。

■07-08大磯の左義長【神奈川県中郡大磯町、北浜海岸】 観光かながわNOW1月
■07-08献灯祭(ろうそく祭)・・・・・新潟県西頸城郡能生町、白山神社で。

■07れんさま行事・・・・・・・輪島市。400年前から、子供達が棒叩きして厄払いする行事で、此の頃、家々では正月用
品を片付ける。 

■07-08報恩講・・・・・・・西本願寺別院(岐阜県)で1/14〜15日。 
■07-08勝部の火祭り【滋賀県守山市、勝部神社】・・・・・1/13日の夜から大蛇に見立てたタイマツに点火し、残り火を
家に持ち帰る。

慈覚大師忌(天台宗)・・・・・・慈覚大師・円仁は天台3世座主。彼は勅により渡唐して、新羅人の建てた五台山で修
業し、金胎密教を幅広く学んで叡山に持ち帰った。声明・念仏は念仏踊りとなり、浄土教の基を開いたので、その後、
法然が浄土宗とした。坐禅は禅宗に伝わり、法華経は日蓮が日蓮宗とした。

こうした事から叡山は仏母山とも言われた。貞観6(864)年の此の日に入定して山門派の祖となった。此の日付けを仏
暦とすればユリウス暦にして2/24になる。方位としては東北になる。山形市には山寺(宝珠山)立石寺がある。今は芭
蕉に縁の寺として観光地になっているが、日蓮は此処に彼の頸があると書き残した。

何故円仁は山形にまで出向いたのか。しかも其の遺骨を叡山から何故山形に移したのか。一つの理由は彼が下野・
都賀野の生まれだった。次の理由は師・最澄が822/6/4ユリウスでは6/26次の座主の義眞が833/7/4に入定した。其
の御魂迎えは12/26〜1/24暦・方位となるからではなかったか。

よって以下立石寺関係のHP「慈覚大師と山寺」から引用すれば・・・・・829 天長6〜 慈覚大師、東北行脚。 832 天長9
この間に大師は、山寺の地に至り、寺院創建すべき地とし、弟子僧の心能と実玄と従者の俗人の何人かを山寺の地
に残留させた。心能は安養院を、実玄は千手院を創建し、慈覚大師の意思に耐えた。

ここに立石寺の基礎が成り、山寺の地名が起り、初めて山寺の地に定住者があるようになった。立石寺の開基は慈覚
大師である。 844 承和11 安慧(安恵)羽州講師に任ぜられ出羽に赴く。

849 嘉祥2 安慧は慈覚大師の弟子で後に天台座主となった人で、滞在中、立石寺の寺容を整えたものと思われる。
860 貞観2 12月 慈覚大師、山寺に立石寺を創建すると伝う。864 貞観6 慈覚大師入定。(正月14日)以上http://
www.kankou.yamagata.yamagata.jp/djst/ymdr/nen.html 社団法人・山形市観光協会より転載。

そして第3は彼の命日方位である。ただ叡山から山形・立石寺は2/8方位に当たるので位置がズレル。24日方位は寧
ろ前橋とか「いわき」である。因みにいわき市には現在、奥州浄土宗総本山・専称寺がある。また前橋の北、渋川市に
は円仁が開基と伝わる天台宗・真光寺がある。


■07三十三間堂・大法要通し矢・・・・・・・京都市東山区、三十三間堂では弓の引き初め。新成人(女性)による「大的
全国大会」。江戸時代から武士たちが118mある本堂の縁側の庇の下を端から端まで射抜いた「通し矢」に因む行事。
約1900人が60m先の直径1mの的に矢を放つ。参拝者には内陣で「楊枝(やなぎ)の御加持」もある。

■07-08裸踊り(修正会)・・・・・・・法界寺(京都市伏見区)075-571-0024では五穀豊穣、諸願成就などを願う修正会結
願にあたり、午後7時から数十人の裸の若者たちが「頂礼・頂礼」と叫びながら踊り、牛王札を奪いあってもみあう。裸
でもみあった若者の晒の下帯は安産の腹帯(お守り)として使われる。

■07-08吉祥会結願・・・・・・・薬師寺(奈良市西ノ京町)。 
■07信貴山の左義長(納め札焼き大とんど)・・・・・・・奈良・平群町。信貴山・朝護孫子寺の奥の広場に廻り8mの竹囲
いの上の蛇の形の物に点火。朝護孫子寺0745-72-2277。

■07-08吉祥草寺の左義長(茅原大とんど)・・・・・・・奈良・御所市の吉祥草寺0745-62-3472で夕方8時に点火。多勢
の山伏が参加。雌雄の二大トンドに火をかけ、その年の豊凶を占う。

■07-08念仏寺の陀々堂・鬼走り(だだ押し)・・・・・・・念仏寺(奈良・五条市大津)では4匹の鬼が大松明をもって走りま
わる除災招福の火祭で500年余の伝統行事(国の重無民文化財)。法螺貝や太鼓の音が鳴り響く中、午後9時に鬼走
り〜点火。長さ1b、重さ約60`の松明を振り翳した父鬼・母鬼・子鬼が境内を走り回って住民の災禍を祓う。

午後4時には無灯火の昼の「鬼走り」に続いて福餅撒き。交通の便が少なく分かり難い所だがクライマックスまで間近で
見られる。奈良・五条市商工観光課0747-22-4001。

■06-07-08どやどや(修正会結願法要)・・・・・・四天王寺(大阪市天王寺区)では牛王の守札を、東西に分かれた褌
姿の若衆が奪い合う。

■19代允恭天皇の命日・・・・・・彼は仁徳の皇子であり、反正の弟であり、この日に崩御して河内の長野原陵に葬られ
たとされている。其れについて今は道明寺北の古墳が治定されているが、その様に故事付けても此処は彼とは何の脈
絡もない所、つまり別人の墓と言う事になる。学問と言う以上は、根拠に基いて理路整然としたものでなくては困る。

其の点で方位から見れば、この日の方位に築かれた古墳としては大和・西乗鞍古墳などがある。また堺市の仁徳天皇
陵に対して履中の後は、反正天皇の時代となり、其の後は允恭天皇となるが、允恭8年には「皇后の妹・衣通姫のた
めに茅渟宮を造って住まわせ、しばしば通った」と記されている(前記の1/14を参照)。

とはあるものの実は彼女のためではなくて、寧ろ仁徳の命日とは逆方位に当たる泉州の南端に若宮を作り、仁徳を祭
ったものと推定する。つまり此処では允恭の代りに彼女が居つき祭り、やがて薨去して近くに葬られた事になり、従って
今も泉佐野市日根野には彼女の墳墓が残されているのである。

■06-07-08エバラ(家原)文殊・・・・・・行基菩薩に縁りの堺市西区の当寺は入学進学・昇運祈願の参拝で賑わい、1/
14-15-16日に「大とんど」を行う。072-271-1505

08会陽(裸祭)・・・・・・・・西大寺(岡山市西大寺町)では数千の裸の男衆が一本の小さい宝木を奪い合う壮観な祭。現在は第3土曜日。
■07奉射祭・・・・・・・・山口・下関市の忌宮神社では1800年前に仲哀天皇が敵を倒した故事に因んで此の祭りをしてい
る。

■08破魔投げ大会(成人の日)【鹿児島市、甲突川畔】
■この頃は何故か帰省ラッシュの時期

■帰省ラッシュの意味・・・・・日本列島は北緯36度の諏訪湖辺りを軸にして腰が折れている。其処から石狩に向かえ
ばこの日1/14方位になり、石狩から諏訪に向かえば7/16方位になる。日本人はこの時期になると、冬は薮入りと
か正月を迎える年末年始の休暇として、或いは夏には東日本の盆送り火もある。

こうした色んな理由をつけて古来、帰省する風習があった。選りによって何故この混雑した時期を選ぶのかとも思う
が、そうしなければ義理人情を欠くとか、一人前の社会人ではないような、何か不安になったり、不思議な気分になって
焦るものです。だからこのシーズンは日本列島では大勢の人間が行き来する場となった。

其れは観光旅行であっても実は先祖供養と祭りへの関与に繋がり、従って神と鬼とが行き来する事になり、結果とし
て、日本人と列島とを元気付けるエネルギーとなって来た(西日本については「2/13」を参照)。

 
 









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▼06-07-08小正月・・・・・・・小正月(女正月)、「とんど」、小豆粥、上元(何れも本来は月の暦で)。
■07-08御田植・田植踊(各地・旧暦の地区もあり)、とんど(「どんと」「左義長」と表記することもあり)。

■男鹿なまはげ・・・・・・・1/1を参照。         
■07-08裸参り(どんと祭)【岩手県盛岡市、八幡宮】

■07-08火納祭・・・・・・安養寺(岩手県水沢市)。 
■スネカ・・・・・・・05/1月15日(土)岩手県大船渡市。大船渡市吉浜地区に伝わる奇習です。鬼のような面をかぶり、わらみのをまとったスネカ達が
「泣く子はいねが」と大声を張り上げて地域を巡り歩きます。

江戸時代から伝わるスネカは、冬場に家に閉じこもりがちな子どもたちをたしなめ、健やかな成長を願う小正月行事です(以上はメルマガ【なっとく歴史館】
http://1rekisi.jpのメルマガより転載 )。祭りの詳細URL http://www.city.ofunato.iwate.jp/cgi-bin/odb-get.exe?wit_template=
AM040000

■07-08鳥追祭・・・・・・神宮寺(秋田県神岡町)では田畑の害虫を追い払う予祝行事。 
裸まいり(1月第三日曜日)【秋田県由利本荘市、新山神社】


■茨城の郷土料理には繭玉もち・小豆がゆが有ります。繭玉もちは、1月14日に餅をついて,食紅で色を付けたもの
と白い餅を楢ならの木に付ける。お供え餅を作り,神棚のお供え餅を取替える。

そして小豆がゆは、15日,前日についた餅を入れて小豆がゆを作る。午前中に門松やしめ飾りを外して燃やすので,
「松ひきがゆ」と