http://kami.tudura.com 「神々の歳時記」 p129 (未定稿) 神々の歳時記 7月下旬 但し方位による 次は ●イベントや祭典と称する偽祭りが多い中で、昔から本物の祭りを続けて来た事例を此処に紹介し、併せてその縁起 の意味を解説し、方位から正当性を実証する。今月も一部、お祭り専門情報誌 月刊「わっしょい!」全国版http:// www.matsuri.or.jp/cgi-bin/wforumcgi/wforum.cgiメルマガ 及びhttp://www.kotobuki-p.co.jp/index2.html「ブッダワールド行事案内-7月」より一部引用・転載させて頂きました。 ■各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後毎年追加する形で示しています。ただ凡そ歳時記 には定例として固定されたものと月の暦で変わるものと星の曜日に従うものとの3種があります。このため開催日等の 詳細は主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。尚、「星の暦」にも雑節・行事を載せています。 7月・下旬 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★7 7/23 ○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ ■06-07大暑。 ■06-07-08相馬「野馬追」祭り(古式甲冑競馬)・・・・・・【福島県相馬市・原町市・小高町、他】相馬氏の祖の平将門に 始まる。昔は妙見三社の五月中の申の日の祭りに際して行った。今は23日に「宵乗り競馬」、24日に神旗の争奪戦 をする(7月23日〜25日)。 ■益子の祇園祭・・・・・・栃木の益子町、八坂神社で。 ■06八雲神社・夏季例祭・・・・・・茨城・笠間市の友部の同社で06年7/23〜24日に行われる。 ■八王子・天王祭・・・・・・八雲八幡神社で7/23〜24日に行われる。神楽囃子の競演会もある。 ■新潟・栃尾三尺防火祭・・・・・・秋葉三尺坊から神幸行列が出て夜には火渡り。 ■前田利長の命日ライン・・・・・・加賀藩二代藩主、前田利長公の命日は天正19(1591)年5/20甲申、グレゴリオ 暦では7/10となる。よって高岡城から其の日の方位に葬られた。三代藩主・利常が其の冥福を祈って33回忌に合 わせて其処に菩提寺を建てた。 其れが今、禅宗寺院として残る高岡山・瑞龍寺であり、其の方位に向けて八丁道がある。墓地は三段の基壇で組まれ た箱型石造りで濠が巡らせてあった。また寺の屋根は燻し銀の鉛の瓦であり、其れを支えるための重荘な建築は加賀 百二十万石の財力を如実に示すものであり、また方形の回廊が廻る伽藍配置だった。 大工の棟梁は山上善ヱ門だった。仏殿、法堂、山門が一直線に並ぶが、荒廃していたので近年に復元・再建され、何 れも国宝指定となった。 今、古城公園の略中心部に残る城跡から高岡駅を通って瑞龍寺に進むラインを見れば、7/23を指している事が分 かる。此処から命日が5/20ではなく、7/10でもなく、7/23であった事が分かる。ただ富山県のこの寺では今、5 /20に「利長忌」、そして9/13に利長公の墓前祭をしている。 ■豊浜鯛まつり(〜24日)【愛知県南知多町】 ■08弁天祭・・・・・・長建寺(京都市伏見区)。 ■弘文天皇、即ち大友皇子の命日・・・・・・書記には7/23壬子(ユリウス672/8/21グレゴリオ8/24)、陵は今の大津 市長等山前陵とされており、其処は宮内庁管理地になっていて入れないものの、外部からでも平地に土饅頭を盛った 程度と分かる。とすれば到底天皇陵とは信じられない。 外にも諸説有るが何れも確証がない(「8/24」を参照)し、地元でも命日を8/24としている。外にも諸説有るが何れも 確証がないものの、7/23に祭りをしている所もある。ともあれ七月二十二日、瀬田川での一大決戦で大友皇子は敗 れ、湖西地区の要害だった三尾城(現在の安曇川町)も落ちた。 戦いに敗れた大友皇子は瀬田川戦の翌日に亡くなるが、日本書記には「山前(やまさき)に隠れて自ら縊(くび)る」とあ る。この山前は山の麓という意味で、一説には現在の大津市衣川地区にある本田家の屋敷まで落ちのび、馬鞍(うまく ら)を柳の老木に掛け、その場で自刃したーとある。 その跡が残っている衣川二丁目の鞍掛(くらかけ)神社で大友皇子の命日にあたる七月二十三日(近年は海の日の祝 日=今年は七月二十日)に皇子の霊を慰める例祭が今も皇子の侍臣(じじん)中村一族によって営まれている(以上「歴 史散歩」から引用)。 次にhttp://www.biwa.ne.jp/~kasajima/ouminomaturi.htm「おうみのまつり」朝瓜祭りから引用すれば、園城寺町246の 「日御前神社」は、三尾神社末社で祭礼日は7月22−23日(午後7時から9時まで)。天武天皇の子・大津皇子の第三の 姫宮瓜生姫の創建で、もと中保町に鎮座のところ、明治四十四年三尾神社境内に遷し末社とした。 子供の病気(夜泣き・かんのむし)、安産に霊験あらたかな姫宮信仰の神霊石があり、この神霊石が朝瓜形をしている ところから、参拝者は瓜に子供の名前を書いてお供えをする風習ができた(引用以上)。 ■桓武天皇皇后・光明子の崩御日・・・・・・彼女の命日は宝亀11/6/7であり、此れをユリウス暦に換算すると760/7/ 23、つまりこの日となる。 其の証拠として、旧平安京の大極殿からこの日の方位に進めば、向日市に明確に桓武天皇皇后陵として残されている ので暦・方位が合致する好例である。譬え墳墓の被葬者が分っている場合でも、その方の命日や最後の住まいが不 明な場合は、譬え発掘したとしても被葬者を確認するのは至難である。 だがこうして三点セットで揃っていれば、発掘しなくても被葬者を断定する事が可能となるから有り難い。其の上、更に この陵の2.5キロ先に光明寺(長岡京市)が有る。尤もこの寺は法然上人が最初に立教の念仏を説かれた開宗の地とし て、今では「総本山光明寺」となっている。 ただご本尊が女性的な十一面観音立像であり、平安時代の尊像として国の重文になっているのである。とすれば譬え 寺伝にはなくとも、法然上人以前からあった寺であると分る。彼女はこの長岡京ではなく、平城京で崩御した筈である が、その後、平安京に遷都したため、桓武天皇が平安京からこの日の方位に陵を造った事になる。 いや寧ろ平城京から長岡京への遷都の目的が彼女の弔いのためとも言える。786/1/21日に滋賀郡に梵釈寺を造った のも彼女の命日の逆方位で祭るためである。ともあれ、旧跡が此処まで残されているのは信仰心か、地元の努力なの か、それとも皇室への敬慕心なのかは不明だが、何れにせよ実に立派な事である。尚、光明寺は075-955-0002 ■06ほうろく灸祈祷・・・・・・・京都市右京区鳴滝三宝寺075-462-6540では呪文を書いた素焼きの土鍋(ほうろく)を頭 に載せ、百草を置いて火を点けて祈祷。暑気払いなどに効くとされる。 ■大阪・陶器祭・・・・・・東区渡辺町の坐摩神社。境内の陶器神社の祭りで25日まで。火除けのひょうたんと言う土鈴 などが知られる。 ★06愛媛・宇和島・和霊夏祭「牛鬼まつり」・・・・・・愛媛県宇和島市の和霊神社の夏の大祭を軸にした祭り。牛鬼は顔 が鬼で、胴体が牛と言う怪物。因みに7/7(貴船)でも牛鬼が関わる。但し此処のご祭神は伊達政宗の家臣・山辺公頼 (清兵衛)。大漁祈願祭と闘牛。07年は7/24. 三基の神輿が市内から御座船で海を渡り、朝日運河に上陸して朝日町を練り、須賀川に乗り入れて川を遡り帰社す る。 ■08地蔵祭・・・・・・地蔵院(鳥取県)。 ■08清正公忌・・・・・・光勝寺(佐賀県小城町)で7/23〜24日 。 ■08宮崎・中村地蔵祭・・・・・・中村地蔵尊(宮崎県宮崎市)で十二歳以下の少年少女が地蔵をのせた屋台を曳いて町 内を練り回る。家々では水除けのまじないといって、子どもや地蔵に用意の水を浴びせる。23〜26日まで。水掛地蔵 なので水難除けとして町内でも水を掛け合うのが特徴。 7/24 ■06-07-08地蔵盆・・・・・・各地で子どもが中心になって行われる地蔵の祭。 ■08土用の丑・きゅうり封じ(きゅうり加持)・・・・・・祈梼できゅうりの中に諸病を封じ込めるという行事。 ■愛宕火・・・・・・愛宕山は各地にあって何れも火の神、防火の神として信仰されて来た。茨城・笠間や東京芝にもある が、一番有名な所は京都である。縁日は何れも地蔵と同じ24日。お地蔵様は子供の守り神。千葉では24日を「愛宕荒 れ」として山に入らず物忌み・日待ちをした。 京都では昔は6/24(西暦では7/31)に鎮火祭(愛宕千日詣)、近畿から山陰では昔は6/24、西暦になってからは7/24に 祭られる。常陸の愛宕山(306m806年に創建)も天狗に縁があるが、山城(京都)愛宕の神は王城鎮護の神として太郎 坊と言う天狗で知られて来た。芝の愛宕は其の分霊である。 大人はこの日、愛宕精進として酒を絶ち、子供たちが松明や灯篭に火を点して愛宕の神、または川や海へ運んだ(「年 中行事辞典」東京堂より大半を引用)。1/24を参照。 ■清正公祭・・・・・・山形・櫛引町の丸岡天沢寺で、加藤清正の命日に因む慰霊祭である。 ■06-07相馬「野馬追い」大祭・・・・・・福島・原町市ほか、23〜25日まで。 ■08弥彦灯籠まつり(〜26日)【新潟県弥彦村】 ■06-07大田原・大田山地蔵尊・夏大祭。 ■静岡・新居関所祭・・・・・・7/24〜28日まで。歴史は浅い。行列と花火。 ■08一宮七夕まつり・・・・・・・【愛知県一宮市】(〜27日:7月最終日曜日を最終日とする4日間) ■08お太子さま・・・・・・常蓮寺(岐阜県)。 ■08文殊出船祭・・・・・・知恩寺(京都府宮津市)では天の橋立に添って篝火をたき、花火をあげる。 ■06-07-08祇園祭-還幸祭【京都市東山区、八坂神社】・・・・・祇園の花笠巡行。祇園の舞妓さんたちが四条通りを練 り歩く。山鉾巡行が先マツリに対して此れは後マツリと言われる。先マツリをピークに、本日は牛頭天王(地蔵尊)の縁 日であり、月末まで祇園祭は続く。 ■08御手洗祭(〜27日:土用の丑の日前後)【京都市左京区、下鴨神社】 ■06-07-08大阪天神祭(7月24日〜25日)宵宮・・・・・大阪市北区、大阪天満宮では宵宮(よみや)として「鉾流し」神事 が行われる。朝の07:45本殿で「宵宮祭」、そして08:50鉾流橋から斎(いわい)船が出て堂島川(大川)の中ほどまで漕 ぎ出して行うのが「鉾流し神事」である。 次に11:00〜19:00まで自動車渡御と催太鼓、其れに獅子舞が有る。本来の「鉾流し」は、神が下る方位を占うための 神事。無論、白木の鉾であるから、大川をこの日の方位に向かって流れ下り、大阪湾に行く訳だが、其の流れゆく先を 追い、其処を確かめて翌日、その場に菅原道真公の神霊が下るのを氏子たちが船で出迎える。 或いは鉾が漂着した場所を其の年の「お旅所」とする目的で平安時代に始まった大事な確認作業だった。其れが江戸 時代には護岸工事で鉾が流れ着く河岸が減った事などから途切れていた。神事だけは1930年に復活したが戦争の激 化で再び1937年に中断した。神事だけは再び49年に復興したが、鉾流し歌は途絶えていた。 其れが94年に譜面が見つかり、05年には復元出来たので68年ぶりに「鉾流し歌」が復活した(ただ後の問題は明日の 本祭りの方位に関する点である)。 ■三先天満宮・・・・・・・・・http://www.tenmangu.com/~misaki/「三先天満宮」より引用。鎮座地〒552-0016大阪市港区 三先1丁目5-40 電話・FAX 06(6571)0527。7月24日に夏祭宵宮(なつまつりよいみや)、7/25日に夏祭。 ■06-07-08古座川河内祭・御舟祭・・・・・・和歌山県古座川町と串本町で7月24日〜25日。 ■06田辺祭・・・・・・弁慶ゆかりの和歌山県田辺市の闘鶏神社(主神はイザナミ)で、神輿や笠鉾の巡行、及び25日は 流鏑馬。朝から江川浦の浜に神輿が渡御する。午後に笠鉾の巡行、25日の夜に宮入。 ■神水取(もひとり)神事・・・・・・鳥取・伯耆大山(国立公園)にある大神山神社の奥宮で行われる古式祭り・「神水取 (もひとり)神事」。 此処は神代の昔の「国引き神話」の根源の地とされ、御祭神は大巳貴(大穴牟遅)神であり、奈良の三輪と同様、この 大神山も「おほむわのやま」と読み、主神は即ち大国主命とし、医薬の神としても崇敬されて来た。 @山頂を奥宮(大山権現)としてこの日には「神水取(もひとり)神事」が山頂で行われる。また、この山にはキヤラボク の純林がある。その外、毎年4/24に春祭り、そして逆の秋には例祭が10/9に盛大に行われて来た。 ■島根・松江天神祭・・・・・・・7/24〜25日まで。出雲地方最大の夏祭り。 ■08開山忌・・・・・・阿弥陀寺(山口県防府市)。 ★07愛媛・宇和島・和霊夏祭「牛鬼まつり」・・・・・・牛鬼の高さは6m。7/23を参照。 ■08大人形祇園(〜25日)【福岡県みやま市】 ■08地蔵祭・・・・・・小川観音堂(長崎県)。 7/25 ▼朔(06年、旧7/1) 旧暦ではこの日から七月・文月に入るが、西暦の7月=文月には中々ならない。▼07庚申・中 伏。 ■08おたる潮まつり(〜27日:7月最終金曜日〜日曜日)【北海道小樽市】 ■青森・岩木山・山開祭・・・・・・・「お山さんけ」の参拝者は一週間前から魚肉断ちで精進潔斎する。登山は白装束で大 幟を立て、笛や太鼓やチャガラキを鳴らし、呪文を唱えて登る。因みに山納めは8/25日。 ■08山あげ祭(〜27日:7月第四金曜日〜日曜日)【栃木県烏山市】 ★06江戸崎・祇園祭・・・・・・例年7/25日頃だが06年は7/21を参照。 ■白間津の大祭・・・・・・千葉の千倉町で4年に一度、住民総出で「ささら踊り」など、27日まで。 ■新潟・弥彦・灯籠神事・・・・・・7/25〜26日まで。20余りの花燈籠を囲んで踊る。また踊りの行列が火の宮などの 末社を巡拝し、最後に弥彦山上のご廟所を礼拝して夜明け近くに還御する。 ■鎌倉の大仏の目線・・・・・・鎌倉の大仏が何時造られたのかはハッキリしない。一説には天平年間に釈迦如来を祀っ たとも言われている。ともあれ、今見る限りでは若宮大路の西の町の外れにあり、京風から鎌倉幕府を守るような位置 づけとも解釈されている。 幕府の西方浄土の位置に大仏を祀り、東の仏教文化と幕府の力を誇示したとも解釈されている。だが造り方は鎌倉以 前の古法によっている。 中は空洞で人が出入り出来る。下から順に鋳カラクリして何段にも分けて鋳造すると言う、当時、世界に比類ないハイ テクで造られていた。町外れではあるが近くに長谷寺が有る。其れに浜と山があり、浜側は埋葬の場であった。 人と死者との生死共存の領域だった。昔は近くに円応寺があり、十王仏が祀られていた。彼らは六道支配の王であ る。死者の赴く冥界の十王に対して、長谷寺は観音が本尊として祭られていたが、此の十一面観音は地蔵菩薩と合体 した姿である。 人々は浜側で死者を弔い、また円応寺で地獄図を見せられ、長谷観音に救いを求め、その後に此の大仏・阿弥陀如 来に極楽浄土の来世に導かれる事を祈願したと言う解釈がなされる。因みに大仏様の御名は高徳院阿弥陀如来・坐 像(以上、NHK総合TV05/10/25日に放映分を借用)。 さて、もし天平年間(9/9天武を参照)に釈迦如来として祀ったものとすれば奈良の大仏より古い事になる。其処で方 位から謎解きして見れば、この大仏は稲村ケ崎を向いている。 詳細は不明だが、地理的には7/25方位の稲村ケ崎の極楽寺←→長谷寺(光則寺)←→大仏←→隠里神社←→六 国見山(147m)←→そして1/25方位に磯子方面の天照天神宮が位置している。 大仏様の目線は不明だが、参道の向きは地図から判明する。ただ先のラインとは違って、7/10方位の稲村ケ崎← →参道←→大仏←→古御堂←→主軸より東に山王台(92m)←→外川神社←→そして神戸町、てんのう町、星川町 と串刺し状にして1/9方位を指している。 とすれば矢張り天武天皇の皇子の一人が長谷寺で亡くなり、其の命日を大仏の位置に印した可能性が強い。 ■08真如堂虫払会・・・・・・真正極楽寺(京都市左京区)では寺宝の虫干法要と宝物の一般公開を行う。 ■06-07-08カボチャ供養と宝物虫干・・・・・・京都市の鹿ヶ谷の安楽寺075-771-5360では「中風まじない」カボチャ供養 として300kgを煮炊きしたカボチャを振舞う。本堂では30分毎に寺の由来と仏像の説明。拝観料400円で「安楽寺縁起 絵」の解説も(06/7/137/18朝日)。 ■08御手洗祭・・・・・・京都市の下鴨神社で、御手洗池に足を浸して無病息災を祈るので「足つけ神事」とも言う。27日 まで。 ■藤原武智麻呂の命日・・・・・・不比等の子。父子共に太政大臣。但し彼の場合は追号。天平9(737)7/25(ユリ ウス暦では9/11)に薨去。奈良の興福寺は藤原氏の寺である。先ず父・不比等が一周忌に境内の北円堂に祀られ た。次に聖武天皇が東大寺を建てた。此れは先帝・文武のためではなくて不比等である可能性が強い。 因みに天平様式の五重塔は日本で二番目の高さである。ただその後に興福寺は何度も火災に遭った。平清盛による 焼き討ち、次は江戸時代の享保の大火で炎上した。今の八角北円堂も鎌倉初期に再建されたものと言われ、運慶作 の諸菩薩像が残されている。 其れに対して境内には南円堂があり、此れは武智麻呂のために建てられた。@ よって彼の命日に合致する。ただ南円堂には不空羂索観音が本尊として祀られているが、度々焼かれて1741年に4 度目の再建となった。因みに東金堂(国宝)は薬師如来が本尊であるが室町時代に五度目の再建である。 其れに対してこの南円堂は天平様式の八角堂(国の重文)である。また同様の八角堂が五条市の栄山寺にも有る。@ ■06-07大阪天神祭・・・・・・・・日本三大祭りの一つで、菅原道真公を祭神とする大阪天満宮の夏祭り。1000年を 超える歴史を持ち、日本屈指の祭りとして前日から続く(7/24を参照)。数千人が天満宮一帯を巡行する陸渡御や大船 団が大川を行き交う船渡御など、多彩な伝統行事が大阪の夏を一層熱く盛り上げる。 この日は先ず大阪天満宮で「本宮祭」の後、16:00〜22:00まで陸渡御・催太鼓・船渡御・渡御列乗船・水上祭・奉納花 火・渡御列上陸・還御祭となる。また境内では終日、地車囃子と龍踊りがある。中でも祭りのハイライトとなるのは18: 00からの船渡御・渡御列乗船・水上祭・奉納花火である。 所で毎月25日は天神様の縁日ですが、1月と7月とは大阪では表も裏も天神様です。1/25日と7/25日が特に意味が あります。中でもこの大阪天神祭りは村上天皇の天暦5(951)年から菅原道真公を祭る大阪天満宮でこの日に行われ る。彼の誕生日が承和12(845)6/25日なので、彼の誕生日を祝う祭りとされるが果たしてどうか。 宵宮の鉾流しはどう言う意味だったのか。其れを方位から見よう。この天満宮からこの日の方位に向かえば博労町の 難波神社に至る。しかも更に進めば南堀江にまた難波神社があり、其の先には桜川や幸町があるのは偶然だろう か。昔はこの辺りまで海だった。だから天神様を迎えの「御幸」(みゆき)がこの地点で行われたと推定して良い。 ただ難波神社の今のご祭神は天神様ではないし、例祭日も違う。でも此処は、秀吉が大坂城築城の際に東区平野町 からこの日のラインに沿って移転したものである。更に度々火災に遭った後に、仁徳天皇「難波の宮」の仮説に振り回 されて今は仁徳天皇を主神として祭るようになったのであるが、元々天満宮も有った。 例年の7/21には例祭があり、南堀江のお旅所へ神輿渡御をして賑わっていたと言われる。また逆方位には桜ノ宮と 都島神社があり、この辺りは何度も洪水に見舞われて詳しい事は残っていない。祭神も別となったが例祭が7/26日と9 /21日であった。と言う事から、昔はこの天神祭りが難波に向かっていたものと推定出来ます。 因みに逆方位の桜ノ宮・都島の先は京都に向かう(後述)。何れにせよ、大阪天満宮では昔(旧暦で)は「鉾流し」が6/ 25日、秋祭り(流鏑馬)が9/25日に行われた。よって西暦に従い、この6/25日を7/25日に改めた。因みに6/25方位には 難波神社があり、今も難波八坂神社では西暦の7/12日には別個に16隻の船による「道頓堀川船渡御」を続けている。 つまり旧暦時代は此の方角で天神祭りをした時期があった。さて天満宮では「鉾流し」の次の日、つまり本日の夕方か ら「陸渡御」巡行があり、ダンジリ(地車)も出る。続いて大川では派手に飾った数百艘の船を伴う「船渡御」となるため、 その川筋には夜空を焦がす篝火や花火で賑やかな事から「日本三大祭」の筆頭となって来た。 菅原道真の誕生日説は兎も角、この日は彼の命日の逆の暦方位に当たるから其の御魂の復活・再生を祈って神とし て迎えるのがこの祭りの意味である。1/25日が彼の命日であり、大阪からの方位として見れば、此処から都島の先に は長岡天満宮、そして現在の京都御所の南方の菅天満宮に向う。此処には当時彼の屋敷があった。 つまり京都が鎮魂方位になる。其れに対して大阪や港は祭りの方位となる。この為、7/25日の前日・宵宮には朝から 天満宮の正面の大鳥居の南にある天神橋ではなく、大川(淀川)の難波橋(難波橋は北浜駅にあるが、今は前日の堂 島川の中ほどの船上)で行う「鉾流し」神事(「7/24」を参照)から続く。 特に7/25日の夜は大川では提灯などを派手に飾り付けた数百艘(今は約100隻)の船を伴う「船渡御」となる。船上で は神楽や伝統芸能の上演などを行うため、その川筋には夜空を焦がす篝火や約4000発の花火が打ち上げられて賑 やかであり、「日本三大祭」の筆頭となって来た。 神輿を載せた神迎えの船行列を繰り出し、笛や太鼓、其れに三弦などで歌を歌いながら賑やかに神を迎える渡御の 祭礼となった訳だ。つまり此れは静かに命日に弔う「梅花祭」などの鎮魂の儀礼とは対照的である(其の意味について は1/25を参照)。 さて昔の「船渡御」は、この日の方位にある大阪湾にまで迎えに出た。つまり、一定のお旅所を決めずに、鉾の流れ着 いた所を其の歳のお旅所としたのである。大阪は昔は渡辺水軍のお膝元であり、江戸時代のお旅所近くの船の数は 実に数千艘に及んだとの記録が有る。 だが千年の間には種々の事情から中止や変更を余儀なくされた。肝心な渡御先についても、先の難波は忘れられて 木津川沿いの西区の雑魚場町(今の江戸堀や京町堀の一部)や、同区の戎嶋(今の地名にはないが、松島辺りか)のお 旅所までとなった。 しかもその後、大川や木津川の河川変更とか、橋梁の橋げたが低くなって船が通れなくなったためか、やがて千代崎 天満宮(行宮)に固定的となった。またその後は更に手前で還御(引き返し)するようになった。 特に昭和28年から警備の都合から百艘に制限し、しかも何と淀川の下流へ迎えに出るのではなく、逆に上流へ船を 遡行させるように変えてしまった。こうなると驚くしかない。 この祭りは数少ない伝統文化を今に伝える祭りであると共に、特に「船渡御」は、今も「水の祭典」として「水都・大阪」 のシンボルであり、花火も打ち上げられるので100万人が訪れる。 所が「警備の都合」として船数もコースも制限し、しかも淀川の下流へ迎えに出るのではなく、天神橋北詰から大川を北 上して、飛翔橋の先でUターンし、天神橋に還御するように変えられたのである。広範囲に繰り広げられた祭りであれ ば、参加者も観光客も増える。 しかし二つの橋など狭い範囲に限定して行き交わさせ、「大阪じめ」と言った余興でお茶を濁すならば、観客が一箇所 でごった返すから却って危険ではないか。何れにせよ、大阪の夏を彩る「伝統文化」が今正に「破壊」の方向に仕向け られている事に気付くべきであろう。だが破壊は今に始まった訳ではない。 実は天満大自在天神を最も恐れたのは当初から藤原氏であり、一門は例えば桜井市の多武峰・談山(妙楽寺)と長谷 寺のラインに封じ手を作った。天慶9(946)の事である。其処が長谷寺東の山の与喜天満宮であり、この天神こそ長谷 観音の化身であるとの信仰を流布したのである。 ただ此の祭りに先立つ7/15日、天神祭に設えられる高さ5mの大茅の輪の材料として滋賀県近江八幡市北之庄町か らヨシ30束が運ばれる。大阪と琵琶湖とは淀川の水で繋がる関係からとも言われるが、此の日の方位にもリンクする からだ。但し正確には近江八幡市よりも寧ろ今の高島市なのではあるが・・・・ ■06-07徳島天神祭。 ■家島天神祭・・・・・・姫路で猿田彦を祭っていた神社の「天神夏祭り・花火大会」。異論であるが、播磨はニニギノ命 が天孫降臨した出雲の国の一部と思われる。但し今は下記の御祭神。家島は限りなく削り取られていて一等三角点も 有るが移動されていて、丘の上には見事な頂上石(岩倉)があるhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~HASSHI/tyonoiwa.htm 以下、http://www.kamnavi.net/en/harima.htm「播磨国:50座 大7、小43」より引用。家嶋神社(名神大) 「大己貴命、 少名彦命、天滿大神。 御由緒---当神社は、神倭磐彦命(即位して神武天皇)御東征の砌り、御寄港室の内の如く静か なるを以て家島と名 付け、天神を祀り、皇師の武運長久と海上安全を祈願し給うとぞ、又神功皇后三韓御門出の時天神を祀り給ふに山中 ゆりければ、ゆるの山と古歌にもよまれ、朝廷の御崇敬篤く、第四十八代称徳天皇天平宝字八年三月七日 揖保郡福井庄家島の高島に支那福州の賊船襲来屯す、時の国司藤原朝臣貞国下知して、戦勝を祈願 せしめ、これ を撃退神威毫し衰へず播磨を往来する船舶は、風波の難を祈り、崇敬怠る事なし。故に仁明天皇承和七年六月官社 と為り、醍醐天皇延喜の制に式内名神大社となる。 此の大神は国土を開墾し、海運、漁業、医薬、禁厭酒造の方法を定め、温泉を開発人畜の病に悩むを助け給ふ最も 尊き神に坐す故に、大己貴神は大国様、少彦名命は薬神様として崇めたる。兵庫県姫路市家島町宮字天神鼻1 ■山笠祭・・・・・・北九州の戸畑で、200年の伝統の有る祭り。27日まで。 ■青島神社・神幸祭・・・・・・宮崎。 ■鹿児島・祇園祭・・・・・・清水の八坂神社。男神を祭る分社から女神を祭る本社へ神輿の渡御があり、続いて一緒に お旅所に神幸となる。十二載女と十二巫女の行列も有る。 旧暦7/25 ▼香川・滝宮踊り・・・・・・旧暦7/25日。香川・綾南町の滝宮神社・滝宮天満宮で行われる芸能。菅原道真が当地の 国司であった時に大干ばつとなり、雨乞いのため七日間、宮に籠って祈りを捧げた所、忽ち大雨が降った。土地の人 たちが喜んで道真邸に集まって歓喜の踊りをしたのがこの祭りの起源と言われる。 7/26 ■太田道灌の命日・・・・・・・(「8/26」を参照)。 ■隅田川・花火大会・・・・・・東京の墨田区と台東区で。 ■小田原・大松明・・・・・・・御幸浜海岸に大松明を立てて燃やして豊漁を祈る。 ■石川・石部・湯花祭・・・・・・大聖寺町、菅生(すごう)石部(いそべ)神社の夏祭り神事。 ■08糸魚川おまんた祭(〜27日:7月第四土曜日〜日曜日)【新潟県糸魚川市】 ■08ちょうちん祭(川越百万灯夏まつり)・・・・・・・【埼玉県川越市】(〜27日:7月第四土曜日〜日曜日) ■08隅田川花火大会・・・・・・・【東京都墨田区・台東区、桜橋-言問橋間・駒形橋-廐橋間】(7月最終土曜日) ■08鵜原の大名行列(〜27日:7月第四土曜日)【千葉県勝浦市】 ■08万灯まつり(〜27日:7月第四土曜日〜日曜日)【愛知県刈谷市】 ■08尾張津島天王祭り・・・・・・・【愛知県津島市、津島神社】(〜27日:7月第四土曜日〜日曜日) ■08きゅうり祭・・・・・・高徳院(愛知県豊明市)。 ■07一宮七夕まつり・・・・・・【愛知県一宮市】(〜30日、7月最終日曜日を最終日とする4日間) ■08夏祭・・・・・・吉祥寺(兵庫・三木市)。 ■08月待ち大法会・・・・・・清水寺(兵庫・杜町)。 ■08みなと祭(〜27日:例年7月下旬の土曜〜日曜日)【鳥取県境港市】 ■08中国孟蘭盆会・・・・・・崇福寺(長崎市鍛冶屋町)で7/26〜28日。 ■曽我どんの笠焼き・・・・・・江戸時代に島津家が「忠孝」を尊ぶ行事として始めた。鹿児島市。 ★ポツダム宣言日。 7/27 ■08賽の川原・・・・・・地蔵堂(青森県金木町)。 ■08護摩供養・・・・・・黒駒不動尊(茨城県)。 ★07山あげ祭(7月第4金曜日〜日曜日)【栃木県烏山市】 ■06-07神奈川・大山阿夫利神社・夏季大祭。 ■神奈川・真鶴・船祭り・・・・・貴船神社で7/27〜28日。起源は寛平元年(889)/6/15、神霊が船で真鶴岬に降 臨されたのを住民が小船で お迎えしたと言う故事による。鹿島踊りの奉納と小早船によるのが特徴で、古来「日本三 大祭り」と言われた。 ■御嶽神社・例大祭・・・・・・以下、http://www.ontakejinja.jp/index2.html「御嶽神社」から引用する。御嶽神社は、信州 木曽御岳3067Mの麓にあり、〒397-0201長野県木曽郡王滝村 3315番地 tel 0264-48-2006 fax 48-2502。「御嶽神 社」は国常立尊(くにとこたちのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)を祭る。 *御嶽神社の由来*頂上奥社は文武天皇の御代大宝2年(702年)信濃国司高根道基創建し、光仁天皇の宝亀5年 (744年)信濃国司石川朝臣望足勅命を奉じ登山し悪疫退散を祈願され、ついで延長3年(925年)白川少将重頼登山し 神殿を再建す。ついで応保元年(1.161年)後白河上皇の勅使が登山参拝された。 一合目里宮社は文明16年(1.484年)再建、文亀3年(1.503年)再興と記録にあります。古来登山するには麓で百日精 進潔斎の修行をしてから登拝したものでありましたが、後世の天明2年(1.782年)に覚明行者が黒沢口登山道を、寛政 4年(1.792年)に普寛行者が王滝口登山道をそれぞれ開き講社を作り軽精進潔斎で盛んに登山を奨励した。 続いて一心行者、一山行者もこの跡を継ぎ又、諸行者相継いで神山の尊きこと全国に広まり、今日の盛大なる御嶽講 社の基礎となっています。7月27〜28日 御嶽神社例大祭。御輿御渡(里宮〜八幡堂)太太神楽(御幣剣鉾による男 舞・鈴扇による巫女舞など)。場所は里宮・八幡堂。 ■06一宮七夕まつり(〜30日)【愛知県一宮市】 ■近江神宮鎮火祭・・・・・・滋賀大津市。 ■08山挽祇園(7月下旬)【佐賀県小城市】 ▼泰東丸発見の日・・・・・・・・ヒジリ「泰東丸」を参照。 7/28 ■07-08北海へそ祭り(〜29日)【北海道、富良野市】 ■07-08おいで祭り(7月28日〜29日)【群馬県利根郡水上町、水上温泉】 ★07ちょうちん祭(川越百万灯夏まつり)(7月第4土曜日〜日曜日)【埼玉県川越市】 ★07隅田川花火大会(7月最終土曜日)【東京都、桜橋-言問橋間・駒形橋-廐橋間】 ■東京・神田明神の参道・・・・・・本殿と参道の暦・方位が1/27〜7/28の関係にあり、其の先には聖橋がかかり、 湯島天神の参道と交わり、更に其の先は何故か江戸城の天守閣跡、更に皇居・宮中三殿が位置する。因みに神田明 神の例祭の5/10〜11日と此の方位とは不一致。 ★07鵜原の大名行列(7月第4土曜日)【千葉県勝浦市】 ★07糸魚川おまんた祭(7月第4土曜日〜日曜日)【新潟県糸魚川市】 ★07万灯まつり(7月第4土曜日〜日曜日)【愛知県刈谷市】 ★07豊浜鯛まつり(例年7月中旬の土曜〜日曜日)【愛知県南知多町】 ★07尾張津島天王祭り(7月第4土曜日〜日曜日)【愛知県津島市、津島神社】 ■大津・唐崎祭・・・・・・一ッ松神社の祭事で7/28〜229日にある。近江八景の一つであり、比叡山王が初めて出現した 所であり、この日に参詣すれば千日詣でと言われる。 ■狸谷火渡り祭り・・・・・・京都市・狸谷山不動院。 ■「ほうろく灸」祈祷・・・・・・京都市の三宝寺本堂で土用の丑の日の7/28日。読経の間に呪文を書いた素焼きの皿(ほ うろく)を頭に置き、邪気を除くと言う日蓮宗独特の祈祷。ホウロクの上にはモグサが有って火を付けられる。 戦国時代に武将が熱さを避けて、兜の上からお灸を据えた事に因んで続けられている健康・長寿祈願との事で、夏バ テ、頭痛、痛風封じとも言う。他に本堂では「キュウリ封じ」や「アジサイ祈祷」も行う。 ■08解除会・・・・・・・・東大寺(奈良市雑司町)の「けじょうえ」。厄除け法要と茅の輪を潜り。鎌倉時代からの伝統で、 直径2mの茅の輪を三回潜って以後一年間の健康を祈る。詳しくは奈良市観光センター0742-22-3900 ■07-08和歌山・粉河祭・・・・・・・粉河寺(和歌山県粉河町)粉河観音。 ★07米子がいな祭(7月第4土曜日〜日曜日)【鳥取県米子市】 ■キュウリ封じ・・・・・・西条市(愛媛)せた薬師。キュウリに穢れを封じ込める修法。300年の伝統と言う。 ★07宇佐神宮・夏越大祭・神幸祭・喧嘩祭・・・・・・大分・宇佐市。喧嘩祭と言われるほど激しい神輿渡御のため。7/31 〜8/2日にあり、この期間中、女の尻を「尻ひねり」して歩く風習が有る。ひねられた女たちはお産が軽く済むと言うので ある。 ■おんだ祭り・・・・・・熊本県・一の宮町の阿蘇神社で四基の神輿を猿田彦面が一ノ行宮から二ノ行宮へと先導する。 29日まで古風な田遊びの風俗を残す。 ★07長崎ペーロン(7月第4土曜日〜日曜日)【長崎市】 ★水路記念日。 7/29 ■06平神社・祇園祭・・・・・・・茨城・笠間市で7/29〜30日。 ■平 重盛の命日・・・・・・・清盛の長子として父の暴挙を諌めて小松内大臣を辞して落飾し、法名を浄蓮と改めたが治 承元年のこの日に42歳で病没した。生前は四方に12仏像を安置して燈籠を懸け、処女人を仕えさせて礼拝行歌せし めて此れを聴く。よって時の人、彼を燈籠大臣とも呼んだ。 また小松殿とは光孝天皇(小松の帝)の降誕地であり、今の「室町竹屋町上ル」が知られているが、重盛(小松内府)の 邸宅は其れとは別の、京都・八条の北、堀河の西に有った。彼の墓地は各地にあるが茨城・城里町の小松寺は岩根 氏など一門が彼を祀った寺である。 ■06糸魚川おまんた祭(〜30日)【新潟県糸魚川市】 ■06ちょうちん祭(〜30日)【埼玉県川越市】 ★06隅田川花火大会(7月最終土曜日)【東京都、桜橋-言問橋間・駒形橋-廐橋間】 ■06万灯まつり(〜30日)【愛知県刈谷市】 ★06和歌山・粉河祭・・・・・・・粉河観音。 ■08御誕生会・・・・・・善通寺(香川県善通寺市)では7/29〜30日、開基空海の誕生を祝う法会。 ■06米子がいな祭(〜30日)【鳥取県米子市】 ■07山挽祇園【佐賀県小城市】 ■熊本・北岡塩湯取り神事・・・・・・・北岡神社。8/4の大祭典・神幸式の準備。 7/30 ■きゅうり封じ(きゅうり加持)・・・・・・土用の丑の日に祈梼できゅうりの中に諸病を封じ込めるという行事。08年は7/24 日。 ■06青森・五所川原市のジョンガラ踊り・・・・・・・7月下旬の3日間、亡くなった子供を地蔵尊を祀って供養する為として ジョンガラ踊りをする。盆踊りであるが其れなら15日が普通であり、地蔵盆なら23-24日にするのが普通であるが、何故 此処では月末なのか。因みに本日の方位には岩木山が位置する。 ■06栃木・大田原市の大縄曳き・・・・・・・06年のこの日、其の歳の豊作を占うために太さ50cm長さ50mの大縄曳きが 行われる。500年の伝統行事。 ■明治天皇祭。 ■近江神宮・納涼祭・・・・・・大津市。 ■07御手洗祭(土用の丑の日)【京都市左京区、下鴨神社】 ■08きゅうり封じ・・・・・・蓮華寺(京都市右京区)。 ■06-07-08奈良・綱越おんぱら祭・・・・・・奈良・桜井市の大神(おおみわ)神社の摂社・綱越神社の祭り(夏越祓えの式) で7/30〜31日。おんぱら神は二の鳥居の南側に鎮座する「祓戸大神」。大祓い詞の後に神馬(しんめ)曳き神事。 続いて「水無月のなごしの祓いする人は、千歳の命延ぶと言うなり」との古歌を唱えながら茅の輪を三回潜り、身のお 祓いを行なう。両日とも露店が並び、特設舞台では民謡や日本舞踊の奉納など神振り行事が催され、31日には奉納花 火大会がある。 ■06-07-08住吉祭(7月30日〜8月1日)・・・・・・大阪市・住吉大社で8/1日まで、「8/1」を参照。 ■06伊太祁き曽神社の輪くぐり・・・・・・和歌山市。 ▼07広島・厳島神社・管弦祭(旧暦6月17日)。 ■萩・住吉祭・・・・・・山口・7/30〜8/3日まで。 ■山口・関の堤燈祭・・・・・・亀山宮の夏越しの巡行祭で、夏越船とも言う。 下旬 ■08たぬき祭・・・・・・屋島寺(香川県高松市)。 7/31 ■夏な越ごしの祓い・・・・・・■全国各地の神社では六月末に夏越しの祓いの神事をするが、此れは文献に「水無月の 晦日の祓い」とあるからです。従って改暦により七月末に行う所も有る。水無月とは六月であり、そのツゴモリなら6/3 0ですから、7/31日にするのでは月日が合わないし季節感もない。 しかも7/31日では旧暦の七夕祭りや旧盆が其の後に前後してやって来る。と言う風に、此処でも改暦が混乱と弊害を 見せるのです。御所市の高鴨神社ではお盆に先祖を迎える前夜祭として、また京都市の八坂神社の「夏越祭」も本日 に此れを行うが、後社は祇園祭のフィナーレとしての意味も有り、鳥居に大茅輪を設け厄気を祓う。 ■06七夕(旧暦の06/7/7)。 ■06-07-08八戸三社大祭(〜8月4日)【青森県八戸市】 ■07-08早池峰(はやちね)神楽(〜8月1日)【岩手県花巻市大迫町】 ■06阿字ヶ浦海岸花火大会・・・・・・06/7/31。ひたちなか市観光協会029-273-0111 因みに茨城では8/4に水戸の千波湖畔で、8/5は日立市、河原子海岸と「しもつま砂沼」湖上、及び古河市でも行われ る。8/6は筑西市・鬼怒川で川島花火大会、及び東海村では阿漕ヶ浦公園で行われる。 8/10は神栖市納涼花火大会、8/12は取手市で、8/14は大子町久慈川花火・灯籠流しと常陸大宮市の御前山(那珂川 大橋周辺)。8/15は高萩市海水浴場で、8/19はひたちなか市花火大会。水郷潮来花火大会、常陸大宮市の鮎の里祭 り、利根町納涼花火大会、いなしき夏祭り花火大会と5ヶ所で同時開催となる。 8/15と8/23には綱火(各項参照)もある。また8/24は那珂湊漁港、8/25は鹿嶋市大船津北浦湖上で、8/26は那珂市 で、8/27は神栖市であり、そして10/7には全国花火競技大会が土浦市、桜川畔で行われる。土浦市観光協会029-824 -2810 ■08下館(しもだて)祇園まつり・・・・・・・茨城・筑西市の羽黒神社で7/31-8/3日。筑西市観光協会0296-20-1160 ■06-07箱根・湖水祭・・・・・・・・箱根神社で芦ノ湖の主と言われるクズ龍明神を祭る。 ■ネブタ流し・・・・・・富山・滑川市の中川原。 ■06-07愛宕神社・千日詣で・・・・・・京都。カグツチ神を祭る鎮火祭。愛宕とはこの神が母のホトを焼いた「仇子」から 来たと言われる。7/31夜〜8/1未明。 ■天河弁天・旧七夕祭・・・・・・この日、午後三時から「七夕祭り」の奉納舞、供養祭、「天の河原」で灯篭流し、採燈護 摩。 ■06-07-08住吉大社祭(住吉南祭)・・・・・・大阪。7/31〜8/1日。俗に「おはらい」とも言う。夕方5時から「夏越し 祓」の神事をして翌日に大祭を迎える為である。以下、8/1を参照。また此の日、宵宮には対岸の堺市で魚市が有る。 堺と言う町には三国ケ丘がある通り、摂津・河内・和泉国の境を意味し、平安時代には陰陽道の方違いと言う呪術で、 方位の凶を角度を変えて祓う所(方違神社)でもあった。 ■06-07堺大魚夜市・・・・・・堺の町の氏神である住吉大社の縁日(8月の「南祭」)に先立つ宵宮に、漁師達が「豊漁」 と「海上安全」を祈って魚を奉納し、余った海産物を売った事に由来する。夜市は宿院と言う宮に神輿を迎えて、その 周辺で繰り広げられるが、奈良時代からの伝統であり、少なくとも750年前の鎌倉時代から続くと言われている。 中世の日明貿易の拠点は兵庫の湊でした。所が応仁の乱で焼けたために其の後、遣明船の拠点として堺湊が代わっ た事で堺湊が発展した。堺は元々京都・大坂の外港としての役割があり、中世には南蛮貿易で栄え、彼らからは「東洋 のベニス」と絶賛された所だ。 当時は、世界の文化と経済の中心はヨーロッパではなくてアジアであり、其のセンターとしての機能が世界有数の金銀 銅など貴金属の産出国だった日本であり、其の中心が京都であり、其の玄関口が堺の湊でした。 堺の町衆も世界各地に雄飛して日本人町を作り、また世界各地からも堺を目指して貿易船を出入りさせて香料、陶磁 器、絹、銀などを取引した。無論キリスト教も入って来た。堺の町は正に「黄金の日々」でした。 商業によって膨大な利益が齎された堺の街は戦国の世に環濠を廻らせ、傭兵で武装して街を守る自治・商業都市とし て富を蓄積して荒廃した京都の町を復興し、寺院も復興した。また茶の湯の文化と鉄砲の技術でかの信長や秀吉、家 康を支え、或いは、現在の大阪の基盤を作ったとも言えよう。 其れは町衆の力でした。当時は「会合衆」と言われた大小路界隈の豪商たちが町を支えた。この繁栄は1615年の大阪 夏の陣の兵火で町が焼失するまで続いた。例えば江戸時代のこの日、約600隻の魚船が集まった、と言う。だが、やが て1704年に住吉と堺の間に新大和川が通った事で分断され、そして明治の改暦や先の大戦も災いして中断した。 南祭(住吉祭り)の意味が忘れられるに従って宿院の立場も祭から遊離した。そして1960年頃、興奮した見物客が川に 落ちる事故が相次いだため「大和川の御渡り」は途絶えた。夜市だけは行われたが年々寂れていた。其処で「宿院が 手狭となった」と言う理由により、今年(2004)から浜寺公園に場所が変わる。 となれば祭(本来の宵市)の場と意味から更に遊離してしまうので、今後の事が心配であるが、約41年ぶりに堺・高石青 年会議所が中心になって、神輿の「大和川の御渡り」が復活した。この日は住吉区安立4の右岸から対岸までの約170 mを渡った。 川の真ん中では堺衆が引き継ぎ、約40分かけて練り歩いて渡り、その後は浜寺公園に運んだ。04年は台風10号が直 撃する予報だったが、台風は此処を避けて通ったようだ。 ★06宇佐神宮・夏越の大祭・神幸祭・喧嘩祭・・・・・・大分・宇佐市。 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 旧暦7/6 ■薬師大祭・・・・・・・高知県・大豊町 (町役場・企画課 0887-72-0450)。 旧暦7/16 ■施餓鬼舟・・・・・・・高知県・大豊町 (町役場・企画課 0887-72-0450)。 7/最後の土曜日 ■中島観音様・夏の大祭・・・・・・・高知県・土佐町 (町役場・企画振興課 0887-82-2450)。 以下は次ページ「8月前半」へ進む・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ ■「神々の歳時記」の各項目のご理解には「366円暦」が必要です。円暦は別紙の「図説」で公開していますが、其の 実物を希望される方は末尾に従ってご請求下さい。 ■尚、各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後毎年追加する形で示していますので、*開催 日等の詳細には主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。 ■「神々の歳時記」に記した例は仮説ではなくて、太陽暦に重ねて古式祭による祭政一致を行っていた古からの日本 文化の原理です。其の具体例を今回、公開したものですが、海外への情報流失防止のため、特に「本文」については0 4/11月から「非公開」としました。 ■@マークの付いた以下の部分が「非公開」部分です・・・・・・・@マーク以下には「地理・方位の具体例と其の意味や 暦との関係式」などの詳細を隠しています。この隠れた部分の資料をご希望の方は、「メールフォーム」または掲示板 でご連絡下さい。 ■文中に誤記や間違いがありましたら、恐れ入りますが上記の場でご指摘・御一報賜れば幸いです。尚、参考文献は 巻末に記しました。 次は「8月初旬」 または パテント・著作権は本会に属します。 「鬼の会」 |