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http://kami.tudura.com 「神々の歳時記」  p089 (未定稿)


   神々の歳時記     3月上旬   但し方位による 
次は
3月・中旬
3月・中旬
または
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以下のページは「3月です。・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

●イベントや祭典と称する偽祭りが多い中で、昔から本物の祭りを続けて来た事例を此処に紹介し、併せてその縁起
の意味を解説し、方位から正当性を実証する。今月も一部、お祭り専門情報誌 月刊「わっしょい!」全国版 http://
www.omatsuri.com/mailmag/l

及びhttp://www.kotobuki-p.co.jp/index2.html「ブッダワールド行事案内-3月」及び奈良観光連盟ガイドブックの「知れ
ば知るほど奈良はおもしろい」06-07冬号より一部引用・転載させて頂きました。

■各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後毎年追加する形で示しています。ただ凡そ歳時記
には定例として固定されたものと月の暦で変わるものと星の曜日に従うものとの3種があります。このため開催日等の
詳細は主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。尚、「星の暦」にも雑節・行事を載せています。
    
3月上旬 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ 



3/ 1 日 



▼旧暦09/2/5。
■06-07-08-09水戸の梅まつり(2月20日〜3月31日)・・・・・3000本の梅がある茨城県水戸市、偕楽園から弘道館で。 
実行委員会029-224-0441      

■06-07-08岐阜・美江寺祭り・・・・・・岐阜市・美江寺観音(美江寺町)の祭礼で、別名・「観音祭」「蚕祭り」・「けんか祭
り」ともいわれる。もとは旧正月の晦日に行われていたが、現在では3月1日に行われる。竹製の狸々をのせた山車が
出る。

養蚕の豊凶などを占い、五穀の豊饒を祈念する祭りで、かつて美濃、尾張を中心とした多数の養蚕農家からの参詣が
あった。祭りは柄杓を持った猩々をかたどった人形を山車の上にのせ、その柄杓の底の穴のあき具合でその年の豊
凶を占った。

もっとも盛り上がるのは午後4時頃に山車の上から放り投げられる柄杓の奪い合いでこの柄杓を手にすると幸運が訪
れるといわれることから起きるもみ合いが「けんか祭り」の由来となっている。以上、http://www3.bishu.jp/newB/rekisi-
siryoukan/reki-991002.htmより引用。07年は3/4(日)。  

■06-07-08初午大祭・・・・・・・経松寺(三重県松阪市)で3/1〜3日の大祈祷法会で、多くの人が厄落としに参詣。  
■例年-春の人形展(3月1日〜4月3日)【京都市上京区、宝鏡寺】

■例年-東大寺・二月堂「修ニ会」・・・・・・・奈良市、東大寺(奈良市雑司町0742-22-5511)で平安時代から1250年続く
勇壮な火と水の行事。練行衆(僧11人)が人々に代わって懺悔の行を勤め、天下泰平と五穀豊穣を祈る。二月堂の修
二会は3/1〜14日で、12日夜半から13日の「お水とり」がピークとなる。

■07初午・厄除祈願法要・・・・・・・・奈良市・西大寺0742-45-4700周辺と四王堂で、13時より幼児・行者による行列。其
の後、柴燈護摩供。

■07初午厄除大祭・・・・・・・奈良・大和郡山市の松尾寺0743-53-5023で厄除祈祷厳修。柴燈大護摩奉修。神楽奉納
など。
■07初午祭・・・・・・・奈良・橿原市の橿原神宮0744-22-3271の長山稲荷で。参道には幟が立ち、福引や餅撒きがあ
る。
■07初午大祭・・・・・・・奈良・明日香村の岡寺0744-54-2007で11時から厄除・開運・護摩供・大般若法要。
■07初午例大祭・・・・・・・・・奈良吉野の奥、十津川村の玉置神社0746-64-0500による三柱(三狐稲荷)神社で御前0
時から五穀豊穣・商売繁盛・大漁・海上安全祈願。奈良・十津川村・玉置神社(井上宮司)0746-64-0500

■07-08初会式・・・・・・・薬王院(徳島県日和佐町)大般若経の転読があり、大護摩が焚かれる。 
■07-08虚空蔵祭・・・・・・・万福寺(岡山県津山市)で3/1〜2日、十三歳の子どもがお参りする十三詣の行事。福もらい
の風習がある。

★09曲水の宴(3月第1日曜日)【福岡県太宰府市、太宰府天満宮】
■例年-球磨川開き【熊本県人吉市】

■09全国緑化運動。  
■鮎漁禁止。 

■09春の全国火災予防運動(1〜7日)。 

★s7/3/1満州国・建国宣言。s6/9/18満州事変の勃発から半年後だった。更に1年後のs8/3/27には国際連盟脱退と
なる。



















































































3/ 2           


■07国府宮はだか祭【愛知県稲沢市、国府宮神社】
★08甘酒祭(3月第一日曜日)【岐阜県郡上市八幡町、白山神社】

■例年-すりばちやいと【福井県鯖江市、中道院】

■例年-若狭お水送り【福井県小浜市、神宮寺・鵜の瀬】・・・・・・小浜には古社寺が多く、130余りの寺があり、「海のあ
る奈良」とも言われる。中でも神宮寺は本堂と仁王門にしめ縄が架け渡され、本堂には神仏双方が祭られ、祝詞とお
経が読まれ、拍手と合掌がなされる。

此処は明治の神仏分離令と言う弾圧を潜り抜け、中世の神仏混交を今に残す珍しい所だ。よってこの行事は神事でも
あり仏事でもある。先ず小浜の下根来八幡宮で午前中に始まり、午後に神宮寺に舞台が移って弓射ち修二会、其れ
に本堂の回廊で大松明を振る韃靼(ダッタン)の行と続き、午後7時頃、寺の境内に設けられた大護摩が点火される。

06年は約2500人が訪れたが、その火を参拝者たちが手松明に移して寺から鵜の瀬までの1.8kmを行列する。山伏
姿の行者や白装束の僧侶を先頭に、長いたいまつ行列が火の帯を作る。鵜の瀬に到着すると「送水神事」が始まり、
火の祭典から水の祭典に転じる。

先ず神宮寺の住職が送水文と言う祝詞を読み、寺の境内にある井戸から汲んで竹筒に入れた香水を川面に流す。こ
の水を10日後に東大寺の「若狭井」から汲み上げる事になる(3/12「お水取り」を参照)。

インドから渡って来たと言う実忠和尚は、若狭の神宮寺で修行をした後、奈良の都に上り、東大寺・二月堂を建立し
た。752年、大仏開眼の2ヶ月前、実忠は、修二会と言う14日間の行を始めた。其の初日に「神名帳」を読み上げ、日本
中の神々に行の加護を願った。

外の神々は直ぐに東大寺に集まったが、若狭の遠敷(オニュウ)明神だけは魚とりに夢中で、行も終わりに近い頃に現
れた。遅刻のお詫びとして、神通力で地面を割り、二月堂のご本尊にお供えする水を湧かせた。此れが東大寺の「若
狭井」で、修二会の別名を「お水取り」と言うようになった(以上、06/3/10の朝日新聞より引用)。

▲京都・門出八幡宮の舞納・・・・・・上京区の門出八幡宮では義経伝説に基づき、05年のこの日には舞が奉納され
る。

■09関白・頼通忌。

■09高知・カツラ祭り・・・・・高知市の神社で伝統の日本髪を競う女性たちの鬘まつり。

●美保神社と出雲大社・・・・・・・・@前者には恵比寿・事代主命と美穂津姫が祭られているが、後者は大国主神を祭っ
ている。前者では8/4に虫探はらい神事があり、此れを陰暦とすれば、新暦で9/2となり、また後者は昔は3/1〜
3に三月会をして来た。

此れを陰暦とすれば合致しないが、此れも仮に昔の和暦だったとすれば合致する(そんな勝手な解釈は許されなかろ
うが・・・・)。

●出雲大社と琴平・鹿島・・・・・・・@9/1方位の先には大分・杵築がある。此処は木付氏が木付城を築いた地である
が、杵築・木付は出雲族であり、出雲大社も古くは杵築大社と言ったのである。其の手前の国東町に八坂神社が三社
あり、建速素佐乃男命を祭っている。

其の手前には青島(長浜町)・三島神社に大山積神を祭っており、其のまた手前の観音寺市・山田神社には大穴牟遅
命を祭っている。@

★08-09曲水の宴(3月第一日曜日)【福岡県太宰府市、太宰府天満宮】
■09祐徳稲荷神社祭・・・・・・・・佐賀。












































































3/ 3 日        
  


上巳(桃の節句・3/3日の雛祭り)、但し本当の上巳(五節句の一つで旧暦の弥生の最初の巳の日)は西暦では09/3/
29癸酉日、2010/4/16丁ひのと酉日になる。2011/4/3日になる。

雛祭り「桃の節句」・・・・・・雛祭りは、針供養に由来する(2/8を参照)とすれば、西暦の2月に出してこの3/3日に
急いで片付けると言うのも本来の「祓い」の理に適っている。いや寧ろ西暦のこの日よりも旧暦ですべき節句とも言え
る。そうすると意見が二分してしまう。

上巳(桃の節句)は旧暦3月の最初の巳の日、つまり06年の西暦では3/29(巳)、または3/31(旧暦3/3)日になる。其の
前の本日ではまだ寒さも厳しく、「桃の節句」と言っても、自然界に桃の花も実もない。其れでは季節感も合わず意味が
なく、ナンセンスとも言えます。

日本の行事とか「伝統文化を守る」と言って見ても、四季とズレた西暦の節句で行事をしては「伝統文化破壊」に近い
からです(ヒジリの雛祭りを参照)。とすればこの3/3日に出してゆっくり楽しみ、05/4/11日、06/3/31(何れも旧暦3/3で
三日月)に片付ける方が良いと思う(事典の「雛祭り」を参照)。

■例年-新潟浦佐押合い祭り・・・・・毘沙門堂裸押合大祭【新潟県南魚沼市、善光寺(浦佐毘沙門堂)】
次に引用する。詳しい資料は「女のための裸祭り」・・・・女の子のためのひな祭りの日、私の住む新潟県浦佐では、日
本三大奇才の名を持つ裸押合い祭りが行われる。1200年に建立されたという普光寺毘沙門堂である。

さんざん屋台を巡って境内に着くと、ごった返す人の中を白いパンツだけの裸オトコたちが走っていた。行水と本堂へ
の参詣を繰り返しているらしい。「春を迎える祭」とは言え、氷点下の寒空のもとで、裸オトコからは白い湯気が上がっ
ている。

「女は危ないぞー!」という声を聞いたかと思うと、はっぴ軍団がいきなり本堂の入り口にバリケードを作り、外から一斉
に裸オトコたちがやって来た。裸オトコたちはバリケードにタックルし、私の目の前で、ラグビーとK1をごっちゃにしたよ
うな光景が始まった。揉みくちゃの後、裸オトコたちはバリケードを崩し、本堂の奥に飛び込んでいく。

一番奥のご本尊の前には別の裸オトコたちがバリケードを作っていて、どうやらその中に入り込もうとしているらしい。
後から後から裸オトコたちが押し寄せてくる。顔見知りの留学生たちも、奇声をあげながら、同様に裸の山に飛び込ん
でいる(きっとなにがなんだか分からずやっている)。

さらに、30kgもある巨大な蝋燭をもった裸オトコたちが入場し、彼らの熱気と蝋燭の炎で、狭い本堂の中の温度は一気
に上がった。「サンヨ、サンヨ」と掛け声をかけ、白い湯気を上げながら、とにかく押合っている。そしてなんとその押し合
いは、3時間以上も続いたらしい。

彼曰く、巨大な蝋燭は男性のシンボル、ご本尊は女性のシンボルで、押し合う裸オトコたちは、生命誕生に至る一大ド
ラマを再現しているのだそうだ。改めてこの祭りがひな祭りに行われる意味を知ってしまった。昔の女性のだんな選び
って、非常に判りやすいものだったのである。

以上はhttp://www.feels-eye.com/cgi-bin/fhour_contents_list.pl?PageNo=2&NameAscii=Koco&ID=22より引用。
此の祭りは巣守神社とも関係する。両社の位置・方位関係が1/10であり、上杉謙信(長尾景虎)の誕生が享禄3/1
/21、命日は天正6/3/13(2月第二土曜を参照)。

■07-08柏崎毘沙門堂押合祭・・・・・・・常福寺(新潟県柏崎市)。 
■07-08浦佐毘沙門堂押合祭・・・・・・・豊作祈願祭。普光寺(新潟県大和町)。

■例年深大寺・だるま市・・・・・・東京都調布市、深大寺で3月3日〜4日。厄除け元三大師大祭。東京の寺としては浅草
観音の次に古いと言われる天台宗の寺院だが、元は法相宗から始まって関東第一の密教道場として、また東国武士
の祈願所だった。ただ今は昔の武蔵野にあるため都心からは遠く、「深大寺ソバ」の方が知られる程度になった。

またこの日から4日までは「だるま市」が有るが、参道と本堂との向きが2月−8月の、ほぼ鬼門と裏鬼門の方位で配
置されている。つまり明治の改暦で縁日が1ヶ月ズラされたものと推定できる。

▲東京・不忍池・弁天堂初巳祭・・・・・・初巳祭は毎月三日にあるが3/8日を参照。

前田利家の命日・・・・・・慶長四(1599)年閏3/3壬子、グレゴリオ暦で4/27日が命日。@
彼女が24歳で亡くなるまで此処にいたとすれば、其れは別荘ではなくて、立場上、義祖父の前田利家の菩提を弔って
いた事になる。@

其処で夫である三代藩主・利常が父の冥福を祈って33回忌に合わせて高岡山・瑞龍寺として、其処に墓地を設えた。
其れは三段の基壇で組まれた箱型石造りで濠が巡らせてある。此処を前田家と織田家の廟としたのである(「5/20日」
を参照)。
 
■09雛人形展・・・・・・滋賀県大津市の西教寺077-578-0013で、江戸時代から昭和期のひな人形約200体を展示(有
料)。人形供養も行う。
■春の人形展(3月1日〜4月3日)【京都市上京区、宝鏡寺】

■08-09-11流しびな【京都市左京区、下鴨神社】

■07-08関白忌・・・・・・・平等院(京都府宇治市)。
■春日祭?・・・・・・・春日祭は本来この日であった。@

其れが明治の改暦により、3/13に固定されてしまったのか。 ただ下記の3/12からの「お水取り」の日取りと何とか
重なる。其の意味では今の「一の鳥居も御旅所」も本来の目印とはなっていない。所で、鹿島・香取には春日と言う所で
はなかったのに、奈良に勧請されて春日神とされたのは何故か。

其の点を考えれば、本来は武神と言うより日神である。鹿島(3/9日、9/2日を参照)は天文観測による日島(カ・シマ)
であり、香取(カ・トリ)は「日取り」をした暦の神だったろう(4/14「香取神宮例祭」を参照)。 

其れが奈良には東方の「日立」の國の春を定める神として勧請され、以来、関西に春を呼ぶと言われる東大寺の「お
水取り」の行事と重ねて、別の形として今なお伝わっているのではないか。因みに春日大社は称徳天皇の時代に、奈
良・興福寺の鎮守として藤原氏によって創建された処である。@

07国栖奏・・・・・・・奈良県・吉野町の浄見原神社で。吉野町企画観光課0746-32-3081

■住吉「汐干祭」・・・・・・この日は昔、大阪住吉の浦辺より淡路の海に至り、白濱となりて人皆洲中に遊ぶ(「摂陽群
談」記)。

■例年-淡嶋神社「雛流し」神事・・・・・・和歌山市・加太の淡嶋神社。
桜まつり・・・・・・・・和歌山県内全域で3月上旬から4月中旬頃。

■07-08福木祭・・・・・・・忠魂寺(広島県)。

■07柳川雛祭・・・・・・・福岡県柳川市では2/11-4/3日まで市内全域で「柳川雛祭・さげもんめぐり」が開催される。「さ
げもん」とは、雛壇の前に飾る合計51個の吊るし雛。お雛様水上パレードもあり、町全体が美しく艶やかな雛飾りに染
まる。北原白秋・生家記念館0944-72-6773

呱呱は奈川藩主・立花氏の別邸「御花」0944-73-2189が風情を残し、腰元たちが伝えた「柳川まり」がお雛様に飾られ
る。古くなった鞠は燃やす。他にも水郷柳川観光・乗船場0944-73-4343がある。柳川市観光まちづくり課0944-73-
8111(JAF Mate07/4)。

■10島原初市(〜10日)【長崎県島原市】
鹿児島・霧島神宮・お田植祭り。


3/3で耳の日
















































































       
3/ 4                  ○◎□◇■◆△▽▲▼☆★


▼09上弦1646。旧こと始め。旧針供養。

▼07オシラ様の祭日・・・・・・・オシラ様の祭日はご命日で旧暦の1/16(本日)、3/16、9/16の三度である。東北地方で
家の守り神として信心されている。オシラぼとけ、オコナイ様とも呼ばれる。オシンメイ様も同系統。神体は桑の木で男
女一対、または馬の首の形である。神棚や床の間に祀られる。

シナの「捜神記」にも長者のお姫様が千段栗毛の馬になぞって蚕の神とした物語がある。また作神、災難を予告する
神、婦人病の神などとして多くは老婆の信心になっているのでイタコが関与する事はないが、春秋2回のご命日にはイ
タコを頼んで祭祀する(以上、民間信仰辞典より引用)。

次は07/1/7のNHKラジオ深夜便では遠野物語の民話としてオシラ様の由来を語った。ある家の娘が馬屋で過ごすよ
うになり、やがて夫婦になっていた。父親が怒って馬の皮を半分まで剥いだ時に馬が死んで皮が空に飛んだ。其の皮
が娘を包んで天空に飛んだ。

やがて両親の夢枕に娘がたって、蚕が現れるので桑の木の葉を食べさせるように教えた。3/14日の朝には夢告の通
り臼に何匹もの蚕が入っていた。桑の葉を食べさせた所、1ヶ月で白い繭になった。両親は夢告の通り繭から生糸を採
って以来、豊かに暮らしたと言う。オシラ様は吉凶の占う「お知らせ」の意味も有った。また目の神とも言われる。

そして繭が白いので「おしら様」でもあった。遠野地方は古来、馬の産地であり、今も曲り家がある。同じ家の中で馬を
飼っていた。同時に此処は繭の産地であった。家の中で、天井で蚕を飼っていた。だから養蚕と畜産、農業の神として
も信仰されて来た。

◆07ツツコ引き祭り・・・・・・宮城。

◆07長瀞町の火祭り・・・・・・埼玉県秩父郡長瀞(とろ)町井戸の火渡り。秩父路に春を告げる行事として、また長瀞の
風物詩として長瀞火祭りがある。火渡りの荒行によって身を清めるとし、多くの参詣者が訪る。長瀞駅から宝登山山麓
まで続く、練行といわれる千人余の行列は壮観です。

獅子舞や神楽に先導されるように修行僧たちの行列が続きます。時折強風や風花が舞う寒い天候でしたが宝登山山
麓の周辺は梅もほころび春を予感させるに十分。無病息災や商売繁盛等を願い修行僧を先頭に多くの参拝者が霊火
の中に作られた道をわたりました。以上、http://www.chichibu.co.jp/topic/2004/index.htm「秩父トピック」から引用。

◆09深大寺だるま市・・・・・・東京。3日間。
★07瑞穂市・美江寺祭り・・・・・・岐阜・瑞穂市の美江寺観音のお蚕祭りは毎年旧暦の1月末、現在では3月の第1日
曜日に行われる修生会をお蚕祭りと言っています。

当日は、観音様をおまつりしてある厨子(仏像を収めておく箱)を開き、お経が上げられ境内には山車(写真)が飾られ
ます山車には縁起がよいと言われる猩々の姿をした人形を乗せ、繭の形をした団子などが供えられます。

★07岐阜・美江寺祭り・・・・・・3月第一日曜日に荒々しい「けんかまつり」を開催。天台宗の寺で、かつては瑞穂市美江
寺にありましたが、斎藤道三によって現在地に移したといわれています。千数百年前から続く蚕祭りとも呼ばれる祭礼
が行われ、山車の上に飾られた猩々投げでは、猩々の一部を奪い取ると縁起が良い。

とのことから「けんかまつり」としても知られています。天平時代のものとされる県内最古の仏像の1つである十一面観
音立像が所蔵されています。住所 岐阜市美江寺2の3 問い合わせ 美江寺 058-262-6793  
  
本日は岐阜市美江寺観音の祭礼で、別名「蚕祭り」・「けんか祭り」ともいわれる。もとは旧正月の晦日に行われてい
た。現在では3月1日頃から行われ、3月の第1日曜日の修生会をお蚕祭りと言っています。当日は、観音様をおまつり
してある厨子(仏像を収めておく箱)を開き、お経が上げられ境内には山車が飾られる。

山車には縁起がよいと言われる猩々の姿をした人形を乗せ、繭の形をした団子などが供えられます。五穀の豊饒と養
蚕を祈念する祭りで、かつて美濃、尾張を中心とした多数の養蚕農家からの参詣があった。祭りは柄杓を持った猩々
をかたどった人形を山車の上にのせ、その柄杓の底の穴のあき具合でその年の豊凶を占つた。

もっとも盛り上がるのは午後4時頃に山車の上から放り投げられる柄杓の奪い合いでこの柄杓を手にすると幸運が訪
れるといわれることから起きるもみ合いが「けんか祭り」の由来となっている。以上、http://www3.bishu.jp/newB/rekisi-
siryoukan/reki-991002.htm、及びhttp://members.jcom.home.ne.jp/y2489y/mieji.htm「美江寺」より引用。

■08流し雛・・・・・・・京都市左京区の下鴨神社で子供の健やかな成長を願って、和紙の人形を乗せたサンダワラ(藁の
舟)を境内を流れる御手洗川に流す。京人形商工業協同組合075-761-3460

日本武尊の命日?・・・・・「ヤマトは国のマホロバ・・・ヤマトし麗し」と詠んだ筈のタケルは大和タケルではなく倭健命
(日本武尊)と書かれる。大和(倭)と日本とはイコールなのかどうか。日ノ本とは奈良県ではなくて関東のことかも知れ
ない。何れにせよ彼を実在しない伝説上の架空の人物としてしまうと分からなくなる。

折角遺跡や神社が残されていても、ハードだけでソフトがなければ分からない。ソフトと言ってもコンピューターのような
ものでは束になっても無理だ。こうした問題もまた頭の固い電算機が最も苦手とする分野であるからだ。謎は平面的な
計算式やスピードでは解けない。

所が、三次元、四次元と言った人間の持つ時空観でヤマトタケルの遺跡や神社を、常識的な暦・方位で繋いで行けば
簡単に解ける問題なのです。そうして彼の存在がハッキリすれば、其の子の仲哀天皇や応神天皇の遷宮や古墳までイ
モヅル式に寸分の違いもなく繋がって来る。

ですから電算機ではなくて記紀や英雄伝説、或いは暦日や方位に信を置くべきである。それにしても残念な事は、記紀
には彼の命日が記されていないので悩む所です。でも各地に残された神社が其れを方位で示してくれていた。だから
其れを辿って行けば命日が確定する。此処に日本文化の素晴らしさが有ります。

さて、大阪高石市に羽衣公園があり、近くに浜神社が有ります。町の中なのに環境の良い所で、此処には昔の白砂青
松の名残が残っている。@

浜宮の主神はヤマトタケルのお后・両道(ふたじ)入媛命である。何故彼女が此処に祭られているのかと言えば、其れ
はヤマトタケルが伊吹の神に祟られて春に伊勢(三重)で崩御した。従って其の逆方位の西に向かって浜辺でミコトの
御霊の再生・復活を祈るために此処に居付いた。其の為今は主神として祭られている事が分かる。

記紀にはミコトの命日が記されていないが、此処があるから逆探出来る。其の対極が命日になるからです。逆方位は
千葉・木更津があり、其処に弟橘姫を祭る吾妻神社がある。此処はミコトが東征で相模から上総に渡ろうとした時に走
水で俄かに海が荒れたので彼女が海に身を投じて海神の怒りを鎮めてミコトの危難を救った。

やがて彼女の袖が木更津に流れ着いたのでミコトが彼女の死を悼み、中々立ち去ろうとしなかった。其れが「君去ら
ず」、即ち木更津のイワレである。其の袖を納めたのが吾妻神社と言われる。近くには橘神社と金鈴塚古墳(全長約9
0mの前方後円墳)があり、袖ヶ浦市の市名の由来であろう。 

また厚木市と二宮町にも吾妻神社があり、後者は袖ではなくて彼女の櫛が流れ着いたのを吾妻山頂に埋めて神社を
建てて祭ったと言う。ご祭神が弟橘姫之命である。外にも各地には倭健を祭った白鳥神社や八劔神社が散在するが、
作手(つくで)村には白鳥神社と鳳来山がある。尚、倭健については更に3/16を参照。

★07曲水の宴(3月第一日曜日)【福岡県太宰府市、太宰府天満宮】

★07マドリードで皆既月食。



















































































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                     ○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

●08-09啓蟄1948。 
■10川野の車人形【東京都奥多摩町】

■07-08十万遍・・・・・・・新勝寺(千葉県成田市)。 
■07三蔵会・・・・・・・奈良・興福寺0742-22-7755で玄奘三蔵の忌み日法要。

初午大祭・・・・・・・・厄落とし観音として知られる松阪市の岡寺山・継松寺0598-21-0965で3/5〜7(日〜火)。厄払
いの縁起物「猿はじき」や「ねじりおこし」などの名物が販売される。

高野の火祭り・・・・・・高野山・金剛峰寺で「山開き」を兼ねて護摩焚きが行われる。
◆09野田神社祭・・・・・・山口。
★06曲水の宴(3月第一日曜日)【福岡県太宰府市、太宰府天満宮】











































































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●06-07啓蟄。 ■旧・初午(06年)  
宮城・岩沼・竹駒神社の初午祭。

◆07ツツコ引き祭り・・・・・・宮城県、厳島神社つつこ引き祭りの、「つつこ」は、長さ3m、太さ1.5m、重さが800kg!ちょ
っと、想像つかないですね。●内 容 : その年の豊作を占う祭りです。つつこのわらを持ち帰り神前に捧げると病人
が絶え農作物は豊作になるといわれています。

●開催日:2007年3月6日(火)●宮城県・保原町厳島神社●問い合わせ先:厳島神社 024-576-4062
●URL:http://miyagi-kankou.or.jp/wom/pic_win.php?pic=_image/00003776_2.jpg  

★10甘酒祭(3月第1日曜日)【岐阜県郡上市八幡町、白山神社】

■07おんだ祭り・・・・・・・奈良・葛城市の調田坐一事尼古神社0745-69-3353の境内で行なう豊作祈願のお祭り。

★10曲水の宴(3月第1日曜日)【福岡県太宰府市、太宰府天満宮】




































































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◆07ツツコ引き祭り・・・・・・福島県保原町。以下引用する。http://www.todays.jp/cgi-bin/matsuri/detail.cgi?matsuri_no
=279 所在地 福島県保原町・厳島神社Tel/024(576)4062

奇祭熱気(04/3/8の場合)---寒風の中、わらで作った巨大な「つつこ」を下帯姿の若衆たちが引き合う奇祭で、約28
0年もの伝統を誇ります。享保年間の大飢きんで、苦しむ農民を救った領主・松平出雲守通春をたたえ、さらに豊作を
祈願する「福島県十大祭礼」(福島民報社選定)の一つ。毎年3月の第1日曜日に繰り広げられます。

主役は、直径1メートル、長さ1・5メートル、重さ数百キロもある大つつこ。内部には、ご神体としてこもで包んだ「おふ
かし」が入っています。祭り当日は、午前十時から厳島神社で祭典式が行われ、呼び物「つつこ引き」は午後1時から
開始されます。若衆が同神社拝殿から、大つつこを担ぎ出し、町内目抜き通りを威勢よく練り歩きます。

このあと四丁目交差点を舞台に上、下、内町の三方から引き合い、最高潮を迎えます。この日は「ミスターつつこコン
テスト」などのイベントや豪華景品の当たる「富くじ」も行われ、五穀豊じょう、無病息災などを願う人たちでにぎわいま
す。 

◆09小石川大神宮祭・・・・・・東京。
★09-10千虎・甘酒まつり・・・・・・・・・岐阜県郡上市八幡町、白山神社で3月第1日曜日。

■33推古天皇の命日・・・・・彼女は欽明天皇の娘として明日香に生まれて額田部皇女と呼ばれた。当時は蘇我氏と物
部氏が争って物部氏が滅ぼされ、祟峻天皇を馬子が殺す事件があり、其の後を彼女が引き継いで聖徳太子を摂政と
し、17条の憲法を定めた。太子は仏教を興隆し、かの有名な国書を隋王に送った事で知られる。

やがて彼女は75歳で小墾田宮にて崩御したが、遺言により竹田皇子と同じ陵に葬られた。従って其の日の方位に当
たる明日香村の小山に大官大寺が建てられた。此処とすれば、宮からこの日の方位に略合致するが、この寺と紛らわ
しい寺として百済大寺がある。

其れは彼女の後に田村皇子が舒明天皇として即位して11(639)年に聖徳太子の要請により、其れまでの百済川の
畔に有った道場に金堂と九重の塔を造営して大官大寺としたが、其れも二年後に消失したとされ、従って其の場所が
広陵町なのか、それとも桜井市吉備池なのかが今は特定できないでいる。

また、奈良市の大安寺の鎮守として門前に今でも推古天皇社※がある。大安寺は天武天皇の時に百済大寺を移して
高市大寺を造り、其れを大官大寺と号し、此れが平城京遷都と共に大安寺になったからである。もう一つの問題は小
墾田宮の位置の特定である。当時の小墾田とは豊浦にあり、その後に皇極天皇の頃の新・小墾田が飛鳥になった。

実際、今でも豊浦には豊浦宮跡として浄土宗・太子山・向原寺があり、其の傍に甘樫坐神社があり、ご祭神が推古天
皇である。今も此処には3m大の立石があって、此処で当時の裁判、「探くがたちをした」と説明している。また向原寺の
南、甘樫丘の近くに浄土宗・甘樫岡・西念寺が有り、此処が実は豊浦寺の金堂跡であると言う。

そもそも此の豊浦とは和田池の畔の事だったろう。と言う訳で彼女の命日が3/7なので、其のラインは9/5←→3/
7となり、明日香村の山田寺を通って桜井市の倉橋に至る。其処に祟峻天皇に所縁の古墳がある。彼の陵(倉梯岡上
陵)とも言われていて近くに金福寺と言う寺が有る。@

因みに橿原市の畝傍東校は五条野地区近くであり、此処の古墳が近年発掘されて推古天皇と竹田皇子の陵と推定さ
れた。此れは考古学では珍しく事実に近づいたケースと言える(4/9用明を参照)。

尚、上記の※大安寺の推古天皇社を主軸に見れば、彼女の陵が春日山に移葬された可能性もある。@

■07-08観音会式・・・・・・・長谷寺(鳥取県倉吉市)で真夜中、住職の投げる福棒を授かろうと参詣者がもみあう。 

★10曲水の宴(3月第一日曜日)【福岡県太宰府市、太宰府天満宮】

■06旧・事始め。旧針供養。

■06-07-08-09消防記念日。







































































3/ 8 

         
★09弓取り童子(的矢神事)・・・・・・栃木・日光市今市地区に古くから伝わる伝統の「弓取り童子」。毎年3月第2日曜の
この日、小倉(こぐら)三所神社では、鬼と言う字を逆さに書いた大きな的に向けて矢を放つ神事があって、市の無形民
俗文化財。

童子役の子ども2名が境内に用意された的に弓を放つ。鬼という文字を逆さにした的を射抜くと悪魔祓いや村の安全
の祈願が叶うといわれている。

★09高尾山・火渡り祭・・・・・・東京都八王子市の高尾山薬王院で「大火渡り祭」

◆不忍池弁天堂・・・・・・都内台東区不忍池弁天堂で月例で行われる初巳祭は、2004年の場合、三月三日に有った
が、方位は3/8を示している。巳の日は年々移動するから、方位で明示したものだろう。

此処が寛永寺建立時に天海僧正によって創建された所と言われるので歴史が浅いかも知れないが、弁天堂の参道が
清水観音堂に伸びており、美術館を経て松が谷の海禅寺、更に地図上では浅草の本龍寺に至るのです。

★09甘酒祭(3月第一土曜〜日曜日)【岐阜県郡上市八幡町、白山神社】

■06-07-08-09国際婦人デー。













































































3/ 9 日                     ○◎□◇■◆



★07-08高尾山火渡り大祭(第2日曜日)・・・・・・・薬王院(東京都八王子市)では護摩木をたいて、山伏・信者が素足で
火渡りの行とする。09年は3/8日。

■例年-鹿島神宮・祭頭祭・・・・・・・・・・茨城、鹿嶋市の鹿島神宮(0299-82-1209)。奈良の春日大社に対応した祭り。
だが古式では厳密には今の3/9日ではなかった。鹿島神宮・祭頭祭は古代の防人の「鹿島立ち」に因む重要な祭り。
此の祭りは、今では奈良時代の防人の出発(「鹿島立ち」)と、帰還の様子に由来する祭とされている。

神宮を中心とする上下(北郷・南郷)から、それぞれ各1村(現在の1字)が当番となり、左方・右方として行列を組み、街
中・参道を練り歩く。甲冑に身を包んだ5歳児の「大総督」を先頭として、奉仕する左方・右方は、1隊15人ほどの隊を
つくり交互に歩みを進める。

各隊の装束は奈良時代風に唐服に似ており、五色のタスキを吹き流し、6尺の樫棒を組み合わせたりしながら、20隊
ほどの行列が囃して進む。国の選択無形民俗文化財になっている(9/2日の鹿島を参照)。
http://www.omatsuri.com/movie/saitosai.html 動画祭頭祭 3月9日 茨城県鹿嶋市

■09貴船神社・雨乞祭・・・・・・・・京都市。

■06-07正暦寺の人形供養・・・・・・・・奈良市南部の正暦寺0742-62-9569では本堂に凡そ5000体の古い人形が年中
受け付けられて此の日に供養する。
















































































3/10 



■例年-帆手(ほて)まつり【宮城県塩釜市、塩竃神社】・・・・・・主神は塩土老翁神・左宮に武甕槌神・右宮に経津主神を
祭る宮。此の日、大みこし春告げる、塩釜・帆手まつり。塩釜神社の表坂の石段をゆっくりと下りる大みこし。塩釜神社
の火伏せの神事「帆手(ほて)まつり」が10日、宮城県塩釜市で行われた。

江戸時代から328年続くまつりは港町に春を告げる恒例行事で、練り歩く大みこしを沿道の市民が迎えた。
正午過ぎに稚児行列などが神社を出発。重さ約1トンの大みこしは、塩をまいて清めた表坂の202段の石段を、白マ
スクに白装束の16人の氏子に担がれ、ゆっくりと下った。

神輿は行列とともに、市内の商店街などを回り、沿道の市民がさい銭などを投げ入れて、頭を下げた。神輿は午後8
時すぎに表坂を上り、神社に戻った。以上、http://yaplog.jp/cafenagisa/archive/923から引用。
■07-08芝山仁王尊春季安産講・・・・・・・〔観音教寺芝山仁王尊〕(千葉県芝山町)で3/10〜30日(18日は大縁日)。
  
■09若狭姫神社・例祭・・・・・・・・・福井。

■若狭彦神社・下社の例祭・・・・・・・・・若狭彦・姫両社は元々鵜の瀬の白石神社近くにあった。其処から上下両社に
分かれた。此処の御祭神は若狭彦の后神、豊玉姫であり、東大寺二月堂、及び大阪住吉大社にも強い関係が見られ
る(10/10「若狭彦」を参照)。

■07-08お水取りお松明調進法要・・・・・・・三重・名張市。東大寺のお水取り松明の寄贈に伴う法要行事。極楽寺0595
-63-3168 因みに両社の位置方位は@方面になる。

■平城宮への遷都の日・・・・・・・藤原京から和銅3年の710/3/10日、平城京へ遷都した。其の理由は文武天皇が707/
6/15日に藤原宮で崩御したからであり、よって次の元明天皇が、遷宮の習いにより其の逆方位の12/16日方位に当た
る平城に遷宮する立場となったからです。この為、708/10/20日に勅使を伊勢大神宮に遣して報告した。

其の上で710/3/10日に遷都した。此れに伴って天智天皇の隠し子と言われる藤原不比等も山階寺を平城の春日に遷
して興福寺としたし、大官大寺も平城に遷った。因みに712/1/28日には太安万侶らが古事記を撰上している。


■藤原乙牟漏の命日・・・・・・桓武天皇の皇后。平城天皇・嵯峨天皇の母。4/28を参照。
06長山稲荷・初午・・・・・・・06/3/10(金)。奈良県橿原市久米町934 TEL 0744-22-3271 近鉄「橿原神宮前駅」から
徒歩10分 初午祭は11:00から初酉祭、15:00からは餅まき。

■おとう祭り・・・・・・・和歌山・御坊市・塩屋でスサノオノミコトを祭る須佐神社(0738-22-7817)の祭り。大蛇退治に纏わ
る神事で、主役は五つの集落から選ばれた5〜15歳の「おとう」と呼ぶ男児。1年間の精進潔斎を重ね、当日は冠、裃
(かみしも)姿で、約2mの御幣を振る。厄除けと豊作を祈って餅撒きも行われる(06/3/2の朝日新聞より)。@

因みに 祭礼についてhttp://kamnavi.jp/it/kii/gobosusa.htm「須佐神社」では3月10日は祭神の素盞嗚命のご神徳を
称える「おとう祭り」という特殊神事があり、和歌山県無形民俗文化財に指定されている。氏子五地域の五人の長男が
1年間斎戒して、当日神前で大幣を振るって氏子の平安と豊作を祈願する。頭屋制の名残。

また逆の時期の10月9日10日は秋季例大祭と有る。此の対極関係が大切である。

★東京大空襲・・・・・旧帝国陸軍記念日。昭和20年のこの日、陸軍記念日を狙って米軍が東京大空襲をした結果、1
0万人に及ぶ一般国民が犠牲となった。























































3/11 以下、次ページへ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

■「神々の歳時記」の各項目のご理解には「366円暦」が必要です。円暦は別紙の「日読み1」http://toki.mikosi.com/
page044.htmlで公開していますが、其の実物を希望される方は末尾に従ってご請求下さい。

■尚、各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後06-07と毎年追加する形で示していますので、
*開催日等の詳細には主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。

■「神々の歳時記」に記した例は仮説ではなくて、太陽暦に重ねて古式祭による祭政一致を行っていた古からの日本
文化の原理です。其の具体例を今回、公開したものですが、海外への情報流失防止のため、特に「本文」については0
4/11月から「非公開」としました。

■@マークの付いた以下の部分が「非公開」部分です・・・・・・・@マーク以下には「地理・方位の具体例と其の意味や
暦との関係式」などの詳細を隠しています。この隠れた部分の資料をご希望の方は、「掲示板かメールフォーム」でコン
タクトして下さい。

■文中に誤記や間違いがありましたら、恐れ入りますが前項と同様の方法で御一報賜れば幸いです。尚、参考文献は
巻末に記しました。  

次は
3月・中旬
3月・中旬
または・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★
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