http://kami.tudura.com 「神々の歳時記」  page064064.html (未定稿) 


   神々の歳時記   前文6
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前文6 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★


H遷宮の原理と方式・・・・・・遷宮の原理は先代の王の命日方位に向かって若様が宮座(皇居)を遷す事でした。この
ため古の歴代天皇は、「一代一宮」の制を採り、また遷宮と共に新天皇独自の元号制定と暦法制定をした。

先ず先帝が崩御、または譲位により、新たな天皇が決まる場合、通常は皇子の一人が皇太子となって即位します。此
処では崩御のケースを述べる。崩御と共に皇子たちは命日ラインとは逆方向に一直線に並んで新宮を造る。古墳の前
方部の延長線上に散在するのです。

其処が何れも若宮と呼ばれた。其の皇子たちの中から一人が選ばれて即位すれば新天皇となりますが、其の宮が先
帝の宮から遷宮して新天皇の新宮となります。此処が先帝の命日・方位とは逆方位になり、即ち先帝の御魂を日迎え
する立場の宮となり、即位と同時にその朝廷の名を○○宮の天皇としました(A)。

同時に年号も其の日から其の天皇の治世の年代として数え、もしくは今でもそうであるように新年号に切り替えた。其
れにつれてやがて暦法まで変える事があった。さて円暦と(A)までの原則が分かれば、史学や考古学の知識が全くな
い人でも此の方式に天皇名−命日−宮の場所−陵の4点のデータを代入するだけで次々と謎が解けて来ます。

更に此の遷宮の方式が分かれば、次の天皇、更に次の天皇の陵や遷宮先などが芋蔓式に解明してしまうから面白
い。神社の祭りでも同じ方式により、謎の解明が出来るでしょう。私たちは学者ではないのだから一生勉強する必要は
ない。山のような知識を集めなくても、物事の道理(筋道)を知れば答えだけを直ぐに見つけられるのです。

勉強で苦しむのではなくて、楽しみながら面白く謎解きすれば良い。従来は、現実の役に立たない科学や無用な学問
を苦労して覚えた。其れは進学や就職のテストのためだった。でも此れからは楽しみながら調べる。其れが直ぐに役立
ち、実証される真の科学である。

I方定式・・・・・・・・・四季には各々固有の方位があり、その四季に応じて祭り事をするのを定式(此れがホントの常識
だ)と言う。例えば、シナの周から春秋時代の年中行事を記した「荊楚歳時記」にも王が文武百官を伴って春には東
に、秋には西に出て祭りをした事が記されている。

其れと同様に、本文では別紙の円暦による「神々の歳時記」として多数の事例を示した。何れも個別の月日には、一定
のエネルギーがある一定の方位で流れている事になります。つまり此れは方位の決まりを確認する円理の方程式の実
例となります。

例えば、その日の暦日方位が陰陽の内の陽側であり、其処から逆方位の月日が陰側に当たります。エネルギーの流
れる方位は日々時計回りに一日刻みで進みます。自然界のエネルギーは常にこの陽から陰へと流れ、夏至で峠となる
ものの矢張り陽から陰へと流れます。

地球が一定の方位・角度で回っているために、季節も風雨も其の方位に流れ、地震もタイムラグと言う方位で円形に
移動する。よって魂の出入りもこの方式なので、祭りの場合はこの方式に則って迎えたり送ったりした訳です。其の為、
また逆方位の時期にも別の形の祭りをする、と言うのが古の日本にあった数字を使わない真の方程式でした。

此れこそが道程であり、神の道(参道)であり、其れを求めるのが求道であって、出家して其処に入る人を入道と言い、
此処にも神道の原理が有った。一度そうした仏門や随神(かんながら)の道に人が「入道」すれば死罪と言えども罪一
等も免れるほど尊重された。

そうした気風が昔の日本には有ったし、其れを支配もしくは建て前として範を垂れたのが天皇家であり、彼らがそうした
行動に出る事を道行・行幸と言った。御幸とは単なる旅行ではない。神を迎え、幸を呼びに行く行事だと見たからです。

似たような行為を一般庶民がしても其れは単に行楽・観光・散歩と見られるが、心掛けが違えば別の言葉となった。例
えば僧都がすれば修行と言われ、修験者が水浴びしても其処に滝があれば観光地ではなくて滝行の場とか禊ぎの場
と呼ばれ、決まって難行苦行と見られた(心掛けが違えばです)。

寺社の参道が山門や鳥居を軸に真っ直ぐ伸びているのは其の道程・方位を黙示したもの(暦道)であり、古墳の形が
ある方角を向いているのも其の先にある宮を暦・方位で示していた訳です。

つまり此れは昔のヒジリの常識、つまり聖道であり、古社寺にとっては常式・正法でした。所が平安仏教以後、此の常
式が忘れられて変則的な宗教が台頭し、架空(抽象的な)の佛を信仰するようになった。ですから以後の諸宗教は全て
変相「変式」になったのです。

従って、今はそうした常式の道も途切れて分からなくなり、迷路みたいな獣道や道なき道となっていますので、其れを糺
して、元来の神の道を求めるのが本書(手引き)である訳です。

J仮説から立証へ・・・・・・以上の説は余りにも古い哲理なので、此れを信じるかどうかは無論、読者の自由ですが、
もし信じない場合でも仮説としてご覧下さい。でもこの話にトリックはない。嘘かどうかは、地図に円暦を重ねて見れば
誰でも確認出来るからです。

其の円暦さえ仮説と疑っても勿論良いのですが、実際に試行して他の条件と次々と合致した場合は此れは架空の説で
はなくて事実である。と分かれば実証・確証に変わる筈ですから必ず役に立つ事が有るでしょう。

今其処に存在する寺社や関連施設は仮説で構築されたり、筆者が架空の論理で組み立てたものではなく、昔から存
在した所です。散在している各地点や施設を方位で繋ぎ、其れに散逸した伝承や文献データなどバラバラにされた情
報をかき寄せ、繋ぎとめて、其れらを悉ことごとく合致させる方法論がこの円暦の方式(方程式)です。

其れに気づけば此れは、殺人事件など、フィクション世界の推理小説よりもずっと楽しい、知的で大きな感動のあるゲ
ームとなります。しかもこれは誰かの創作ではなくて、現実にあった歴史文化の事実であるだけに今まで先人たちが守
り通した伝統と壮大な設定に驚き、其れを守って継承して来た先人たちに対して、改めて胸を打たれるでしょう。

或いは他よりもずっと詩的で知的で神聖な感動を得て、より一層心豊かな気持ちに変わるものと思います。

K三点合一の理・・・・・二本足のイスやテーブルは危ない。けれども三本足のイス(椅子)ともなれば安定するように、
論理でも偶然に二点が繋がるよりは、三段論法や三点の一致が決め手になる。其の点で今は多くの人々が皇国史観
と言う色眼鏡で見た上で、記紀などを軽視して勉強もせずに無闇に批判するが、それだけでは学問の成果は無い。

譬え考古学や歴史家が一面的な仮説を幾つ並べても、それらの論理や論点の帰結が有っても、其れらの論理と事実
の多重整合を見る事が出来なければ、何ら法則や科学とは言えません。事実、此れまでもそして今も、各地では巨費
と多人数を費やして研究や発掘をし続けて色々取り出したが整合性はなく従って肝心な命題が何も解けなかった。

其の点、本書では記紀の人物と命日、宮と古墳の合致点を方位で解き明かして実証した。例えば、文献にある天皇の
命日(旧暦)を西暦と方位に置換し、其れに対応する方位に古墳が所在する事を突き止め、しかも其の築造方位も其の
方位に合致している場合は被葬者を特定出来るような方式とした。

或いは其の方の古墳が命日・方位の軸上にご祭神として祭る宮(行宮を含む)とか寺(廃寺など)が存在する事。及び其
の方の縁りの地域で、一定の月日に其の方の縁日に沿った一定の参道や鳥居があったり、一定の日に例祭が継続
的・伝統的に行われていた場合は、これ等の情報が逐一一致する。

であれば正しい事実として誰もが判断し、認める事が出来るような方式とした。こうすれば歯車のギヤのように、一つが
分かれば全部が分かる歯車論となり、簡単に多くの事例を検索し、或いは芋蔓式に情報が繋がって関係先が明らかと
なり、もしくは関連する事柄を一度に確認する事が可能となります。

しかも論理の整合性によって全て事実として実証できる方法論としたものです。此れを「三点合一の理」と言う。其処か
ら次の事がハッキリする。古墳と寺・社との一連のメモリアルは動かぬ証拠で黙示された暦盤でした。また傍証として、
ご祭神と仏・尊像との関連性を推定出来れば更に其の論理の補強を行う事になります。

従って本書で発表する論理や解説は一般の仮説と違って、より強い法則性があると言える。しかし逆に、もしギヤの一
つでも折れれば全部が狂うと言う煩わしさも多少は有ります。方位一つでも月日でも、何か一つ読み違えがあれば、他
の事実との整合性が崩れてしまうので、三本足の一本でも折れる事が有れば全部崩れる、と言う弱みも有る訳です。

其の点では考古学者や歴史家のような、言いっ放しの学説・講釈の方がずっと気楽です。


■L 366円暦の使い方

■アルゴリズム(手順)・・・・・・コンピューターは一定の手順(アルゴリズム)によってプログラミングされています。一定の
手順をコンピューター用語に書き換えたのがプログラムであり、例えば、インスタントコーヒーの作り方(アルゴリズム)
は、

@お湯を沸かす。
Aコーヒーカップを用意する。
B其処にインスタントコーヒーと粉ミルクをティスプーンに各々一杯づつ入れ、好みによってお砂糖を加えます。

C其処にお湯を注ぐ。D出来上がり。と言う具合に、実に簡単ですが、円暦で歳時記を見る(確かめる)場合のアルゴリ
ズムも実に簡単です。

■@地図上で参道の向きを見る。A其処にラインを引くか、延長線上に糸を張る。B其の上に円暦を重ねて方位を合
わせます。C答えを見る(ラインと重なる月日を特定する)。D後日、この日にその寺社の縁日が有るかどうかを調べ
る。

Eまた要すれば、その寺社のご祭神やご本尊を調べる。
F答えとして、ラインと月日の一致、縁日とも一致、文献にあるご祭神の命日とも一致するとすれば、関係事項の四点
合致となります。

とすれば、其処が其の神に所縁の所、或は祭りの場と確定出来る事になります。その外に、古墳があり、その築造角
度が合致し、更に他の寺社も連なるようであれば、更に確実性が高まる訳です。此れは一例ですからもっと多様な使い
方、応用法が幾らでも有ります。

■ご注意点・・・・・この歳時記は月日を数字で理解するものではなく、添付の366円暦によって月日を特定の角度で見
て、更に其の角度に地図と重ねて見るものです。

ですが、文中に誤記、誤解など間違いの点が有りましたら恐れ入りますが当会(末尾の所)へご指摘頂ければ幸いで
す。ただ円暦は、平らな所に広げて使うものです。ですから、もし壁に張り付けてしまえば方位を見誤ります。

円暦は四方の内、一年が真北に当たる冬至から始まって北→東→南→西→北へと366日・方位を時計回り(日時計
式)で一周するものです。真北を決めるためにはなるべく冬季に正午時の窓枠の日影のラインを何処かに印せば略判
定可能です。

特に冬至の前後に室内の一番奥に陽光が届いた箇所が真北です。ただ冬至の南中時の陽光の動きは素早く、その
ため見過ごしてしまう事が多い。其の為、要すれば、特定の窓枠の左右に、仮に1メートルの点を印し、其れと先の真
北との三点を結んで、翌日にストップウォッチで等距離になるように再確認すれば略完全に真北点を決定できる。

更に厳密にしようとすればキリがないのですが、より精度を上げるには春分と秋分にも図って其処を再確認すれば「も
う完全」と言えるでしょう(詳しくはヒジリ事典の「真北」を参照)。

其のほか、色々な測定法や「理科年表の南中換算表」による確認法もあります。ですが複雑な割にはその精度に問題
があるので上記の方法が先ずは確実と言えます。或いは最も手軽な方法として磁気コンパスによる方位採りが有りま
す。

ただコンパスの針は、真北よりも数度も西を指しますのでご注意下さい。円暦には大阪の例として、磁針の角度を示し
ていますので大阪の場合は其のラインに針を合わせて下さい(詳しくは「磁北」を参照)。

■「近畿観光案内書」・・・・・・本書は歳時記の一つですが、言わば「行事歳時記」か「祭り歳時記」であり、特に「方位分
析書」、及び「近畿の歴史観光案内書」の側面もあります。

以下、366日の歳時記、つまり日々の祭りを列挙し、中でも其の祭りの由来となる古墳についても少し触れながら、春
の葵祭り、夏の天神祭りと住吉祭り等、有名な祭りについてはやや詳しく触れて行きたい。尚、縁日に関しては源頼
朝、秀吉、家康についても触れたり、或いは太田道灌にも触れました。

此れは決して彼らが「神々の仲間だ」と言う訳ではなくて、歴史上の有名人である事と、本書が近畿中心の内容で関東
の人には退屈となったのでは申し訳ないので、東京都民にも話題の一つを提供したかった事と、遠い時代の歴史より
も、近い時代の遺跡の方が確認し易い面もあるため加えた訳です。

また此れからも以下に逐一、行事・祭事の歳時記を追加・充実して行く予定ですが、陵と遷宮の項目については方位
資料の測定の見直し、或いは調査結果の更なる精査、もしくは発掘結果などから新事実が判明し次第、多少は加除・
修正・変更する事があります。

■「情報の公開」・・・・・・公開はしましたが、其れは手広く商売を広げたいためではなくて、日本の心ある方々に原文化
を理解して頂きたい為であります。所が意に反してこのページの翻訳サイト、コピーサイトが次々増えてしまった。しかも
此れを更新の都度、同時に世界を駆け巡る状態になっていました。

このためこのHPは、共感よりも誤解と反感が多くて外部からのサイバーテロで加工されたり、当会にも連日、スパイメ
ールや感染メールが送り付けられて来る。日本人に理解されるよりもこの種の無用な反発とか情報漏洩を避けたいの
で、止むを得ず核心部分は非公開として、其の部分は確かな日本人の希望者だけに限定公開としました。

M「非公開」部分の資料郵送をご希望の方は・・・・・・別紙の「メールフォーム」か掲示板にご連絡下されば折り返
しメールしますので送付先をお知らせ下さい。但し、海外への情報流失防止のため、日本国内の方に限って有料にて
郵送します。

(1)メール・・・・・・・折り返し当方からメールしますので、歳時記の部分ならばご希望の月、或は円暦の種別をご指定の
上、郵送先をご記入下さい。

(2)資料コピー代の目安は、例えば1ヶ月分(30頁の場合なら)¥330−、其れに円暦¥350−、プラス郵送料¥20
0−とすれば¥880−になります。お支払い方法は(1)現金封筒、(2)「払込取扱票」、(3)切手同封郵便・・・・の何れ
でも可。

因みに「払込取扱票」は、郵便局の青色(送金料70円)のものです。其の通信欄に希望資料(図面や月別)と依頼人
(郵送先)を記入の上、ご送金下さい。尚、上記の¥880−分の資料請求を切手同封の郵便でなさる場合は上記の2
割り増しで¥1056−分の切手を同封下さい。

(3)当方は其れに従ってご希望の資料を同封の上、郵送します。

■寺社関係者へのメッセージ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

■寺社の個性・・・・・寺社の違いはあの世への入り口と此の世への入り口との違いです。家に例えれば仏壇と玄関とも
言える。家は一体の物として機能する以上、分離しては分からなくなり、意味もなくなります。分離された為に今、色んな
人たちが四季折々各地の寺社を訪ねても何も分からず日本人としての信仰も分からなくしています。

更に例えば寺社の何処も似たり寄ったりです。全国には神社庁登録の神社が8万社(推定11万社)あるとは言って
も、稲荷・八幡・春日・・・・と類別すれば言わば大会社のE社・H社・K社の違いか、或いは系列の会社や支店・営業所
と同様の没個性的な存在に見えます。

ですから八百万の神々と言っても、また譬え全国に75000の寺があったとしても、何ら特徴も個性も、何の変哲もない
一律ノッペラボーの退屈な所に見えます。しかし本来、神仏は多様で個性的だった筈です。因みに1953年の時点で
は全国には凡そ1万の市町村が有った。

其の何れの地にも独特の風土や多様な景観、そして独自の個性が有ったでしょう。其の字地内に仮に平均20社寺が
有ったとすれば、寺社数は20万に上り、何れ劣らず立派な縁起や個性があった筈です。しかし其れを何れかの宗派
や様式に類別すれば結局、何処も似たりよったりの、没個性的な寺社となります。

独自の個性と言えるのは付近の森の景観か社殿の大きさの差くらいと言うのでは本質の価値も下がろうかと思いま
す。この様に生意気な事を述べては、ひいきの引き倒しになるかも知れませんが、聖職者はお粗末な現代物質科学と
は別の世界にあって、モノカネ社会の教育とは是非別の観点でいて頂きたい。

在来の暦法や教科書的歴史とは別の事実があった事を認識して頂けたらと期待するのです。例えば鳥居(山門)と本
殿(本堂)のなす角度と言う視点で見直せば、各地の寺社×366方の個性・多様性が現出して来ますし、真実の歴史
も見えて来る筈です。と言う訳で此れは言わば神社応援NPOのページです。

■バーゲン・・・・・人が祈ると言う行為は貴く、実際、堂頭・社頭で人が祈る姿を見るのは微笑ましくまた心暖まる感じが
します。ですが多くは賽銭箱や建物に対して拝んでいるのを見るとき、「其れで良いのか」と心配になります。では仏像
に正対して拝めば良いのでしょうか。

或いは墓参した場合は墓石に祈って当然ですが、それで果たして何らかの験が有るのでしょうか。例外的なケースは
別として、実際は何もないのです。とすれば、折角の貴い行為が無に帰している訳です。無論、子供であれば其れで良
いでしょうが、普通の社会人が何時までも此れでは心配です。

ですからもしも、住職や神職が「この本殿や仏像には何時も神仏がいらっしゃる」と言うような教条的な教えを垂れたら
拙い。自ら信じてもいない神を語って金銭に換えたとすれば、科学万能の時代であってもなくても殆どの場合は不信感
を持たれて笑われるか、或いは詐欺かオカルトと同類と思われるでしょう。

ですから御利益信心を過度に「バーゲンセール」している寺社は問題です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教等は一神
教ですから一教徒であっても神を堅く信じて暮らすし行動するのに対して、日本の寺社関係者は霊界も神仏さえも信じ
ていない僧・宮司であっても役職とか聖職者として君臨出来る。

この点で他の宗教とは雲泥の差がありますが、日本の場合は他に伝道する宗教ではないので其れで良い訳です。神
仏を譬え信じていなくても敬神崇祖の心掛けがあれば、司祭者・聖職者としての資格に欠けても長い伝統から世襲的
な地元の顔として檀家・氏子たちなら寛大に接してくれている。ですから格別ご利益は当てにしない。

ただゴリヤクを目当てに神仏に近づく人もある以上、此れも一つの方便ではあるでしょうし、一般の観光客には景観と
清浄さ重視で良いでしょう。だが、神仏を「人寄せパンダ」や「ゼニ集めの出汁」に使っていれば拙い訳です。其れよりも
関係者は真実を知っておく必要が有ります。

関係者にとっては、毎日見慣れている所ですから誰よりも何もかも承知と思い込んではいないでしょうか。分かっている
つもりでも、見る視点が違えば見ていないのと同じです。先の神仏の依り代として御幣や仏像が有りますが、神像や仏
像を偶像崇拝に結び付けては問題ですし、逆に骨董価値とか美術品や宝物として扱っていても問題です。

もしくは建物を文化財や歴史遺産として神仏より重視する、主客転倒の時代に流してしまうので有れば心配です。依り
代は石ころでも良い筈です。より大切な事は、何かに祈って日本の神仏に通じる方法の確保、即ちある日、ある時、あ
る方角に正対して一定の条件の元で祈った場合にのみ叶う道筋を示す点にあるのではないか。

神職は何でも祝詞で済ましているが、本来は違った。寧ろ昔から歳時記や鳥居(山門)の位置と本殿(本堂)とを繋ぐ参
道の位置関係を守って来たのではないか。とすれば昔のまま、此れを残してくれた寺社や地元の関係者には敬意を表
したい。此れが一種の暦盤・方位盤になっていたと言う事実を本書は述べた。

此の「神々の歳時記」として多数の実例を元に順を追って解説し、検証し立証しています。社寺関係者は、既定のこうし
た古式祭りを忘れて撤去する事のないように、今後も是非守って、後の世に伝えて頂きたく切望します。此のため当
初、インターネットのホームページへ「神々の歳時記」として公開して来ました。

ですがこの世界は、例えばマイクロソフト社がパテントを独占し、しかも情報のみならず金融と経済界も、更に日本人の
多くも世界制覇を狙う勢力に組し始めた。此の結果として今は世界中でトラブル続出ですが、日本では特に外来勢力
が治外法権の立場を確保して傲慢な行動に出始めました。其れを日本政府も社会も容認している訳です。

とすれば、そんな下らない世界の仲間に本書が組み込まれて譬え一時の人気を得たとしても嬉しく有りませんし、何よ
りもこの情報が海外に流失し、仮にも米国で認められたらお仕舞いだ、と最近になって気付きました。また海外では世
界の大宗教が有るが、ユダヤ・キリスト教など一神教の論理がグローバル化を進めている。

だが其れが仮に正しくても、彼らの聖地とするエルサレムを絶えず銃声の聞こえる地獄としている現実を見過ごしては
ならない。譬え大宗教と言われていても誤魔化しの教条主義的ニセ宗教の狂信的なイデオロギーです。だから彼らに
は、日本の哲理や宗教などは到底理解の外であり、所詮分かりあえるものではない。

彼らが物見遊山で日本にやって来るのは勝手だが、大和魂の原点まで彼らに曝け出して宣伝し伝道し、広める事は望
外です。日本は戦いではなくて、古来「祭り」で平和に暮す国でした。だが此の方法論が元寇の役や日露戦でのバルチ
ック艦隊のような国難に際しては其れを壊滅するなど、古式呪術として大きな役割を果たした面もある。

なので無用な流失を避けたい。不用意に暴露し流失させる事は無益でしか有りませんので、2004/11から已む無く
「非公開」としました。其の前に関係者各位に一覧頂いた訳ですから、其の後は公開を止めて、資料を蓄積しながら
も、非公開部分は国内の希望者だけに配布する事としました。

寺社関係先に於いて、もし今後、本書が必要とされる時があれば、逐一資料を提供して引き続き古の和文化の護持・
継承・発展に尽くして戴きたいと思ったからです。

但し、この歳時記は月日を数字で理解するものではなく、添付の366円暦によって月日を個別の角度で見て頂き、更
に其の角度に地図を重ねて見るようになっています。また筆者は、社寺関係の門外漢のため、表面的な事と文献など
から解説しているだけで内部事情には一切不明です。

此のため、此の「歳時記」の文中に誤記や無知による偏見・誤解など問題の個所が有りましたら恐れ入りますが当会
(末尾の所)までご指摘頂ければ幸いです。

■資料送呈・・・・・日本は何から何まで腐って来ました。其の主因は1582年の遣欧使節団に始まり、明治五年の改暦
(西暦と言う名のカトリック教暦の採用)、そしてシオニズム(1897シオンの議定書)による謀略と開戦・敗戦となった結
果です。

特に明治の改暦とシオニズムの隠蔽は国民に対する最大の裏切り行為であり、この流れが今更に増幅・加速している
ため日本の破綻はそう遠くないと危惧する人も多い。何れにせよ日本を此処まで頽廃させた政治の責任が大きいが、
彼らに国民が何かを期待したにせよ、此処には元々日本を蘇らせる力などなかったのです。

無論教育界にも無い事はハッキリしています。経済や学問、或いは科学技術の力であっても到底及ばない。そうすると
日本の文化遺産を残して、日本再生の道を黙示しているのは寺社しかないと分かります。何時の間にか此処が最後の
砦として「背水の陣」になっていた事が分かります。

米国に席巻された今の日本には再生の力は無くなったが、皮肉にも其れに打ちひしがれて来た筈の所に実は再生の
鍵があった。とすれば幸いです。蒙古襲来を水際で打ちのめした寺社と共に、源平以前の氏族の復古する装置とし
て、幕末から戦後に掛けて粛清された寺社や村社会の文化が、今後の日本を甦らせる最後の砦となっている。

とすれば此れも皮肉です。日本を救い、或いは防衛しようとして、欧米の持つ武力と同じ武力を使う事は今やナンセン
スとなりました。寧ろそうした唯物主義とは別の次元に立つ神仏の力に期待するしかなくなっています。

とすれば、雲を掴むような「新しい未来」ではなくて、もっと古くから実体と実績を持つそうした関係先に対して、本書は1
本の楔(くさび)の役に立ちたいと思う。

日本の危機を救うと言う緊急課題が社寺関係者の肩に懸かって来たと言えば、「奇想天外な絵空事」と思われるでしょ
うが、其の点をどう判断されるかです。此れはハルマゲドン(あと数年)の後に気づくのではなく、今すぐ以下の「神々の
歳時記」を精査して頂ければ日本文化の実力の程が先ずは納得頂けるでしょう。

やや過激な言い方で差し出がましい事では有りますが、後は全てを寺社関係者の双肩に期待するしかない事態になっ
て来ました。そうした意味で、本文で紹介する各地の寺社に対しては、特に敬意を表して本書(非公開部分)のコピーを
何れ逐一お送りする予定です。

しかし現在の所在地や何方にお送りして良いのか、今の所は詳細不明であり、また一方的・唐突に資料を送りつける
のも無作法かと判断に迷っています。何れ製本して改めて献上する予定ではおりますが、お急ぎの場合は特にメール
でご請求頂ければ無料でお送りします。


■出版に向けて・・・・・HPの開設によってかなりの反発が続いていますので、此れを何時まで続けられるか不明のた
め、何れ此のHPも中断するか、或は資料を整備して何れ出版(非売品)する必要が有ります。

其の場合も当初の内容は、ページ数の限界から以下の366日の全部を紹介する事が無理ですから、先ず12例をピッ
クアップする程度になります。インターネットの文章より水で薄めた内容にするつもりです。そして徐々に、次のシリーズ
にはまた別の事例を12例ピックアップする、と言う繰り返しで凡そ366日分の歳時記を完成する方向で進めます。

ただ歴代天皇の数だけでも125代有ります。更に日本の祭りが無数にあり、其の元となった神社や寺院の数も10万
社以上有り、また其の元となる古墳も20万基を越えるでしょうから本書一冊でそれら全てを網羅する事が不可能なた
め、原理(方法論)の羅列だけで意味不明の上に尻切れトンボになる点はご了承下さい。


◎予定の題名  「神々の歳時記」      非売品(またはコピー代)


・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・  ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

■「神々の歳時記」の各項目のご理解には「366円暦」が必要です。円暦は別紙の「図説」で公開していますが、其の
実物を希望される方は末尾に従ってご請求下さい。

■尚、各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後毎年追加する形で示していますので、*開催
日等の詳細には主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。

■「神々の歳時記」に記した例は仮説ではなくて、太陽暦に重ねて古式祭による祭政一致を行っていた古からの日本
文化の原理です。其の具体例を今回、公開したものですが、海外への情報流失防止のため、特に「本文」については0
4/11月から「非公開」としました。

■@マークの付いた以下の部分が「非公開」部分です・・・・・・・@マーク以下には「地理・方位の具体例と其の意味や
暦との関係式」などの詳細を隠しています。この隠れた部分の資料をご希望の方は、「メールフォーム」か「掲示板」か
らご連絡下さい。

■文中に誤記や間違いがありましたら、恐れ入りますが同様の方法で御一報賜れば幸いです。尚、参考文献は巻末
に記しました。  

■♪ ただいま募集中 ♪-----●各地のお祭り情報-----あなたの自慢の祭り、知っているお近くの祭りなどの情報
をお寄せ下さい。http://6535.teacup.com/hijiriou/bbs ひじり(日知り)掲示板、
またはメールアドレス tjkny@ybb.ne.jptjkny328@ybb.ne.jp (鬼の会)へ、どうぞ。




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