http://kami.tudura.com 「神々の歳時記」 p108 (未定稿) ![]() 神々の歳時記 5月中2 但し方位による ●イベントや祭典と称する偽祭りが多い中で、昔から本物の祭りを続けて来た事例を此処に紹介し、併せてその縁起 の意味を解説し、方位から正当性を実証する。今月も一部、お祭り専門情報誌 月刊「わっしょい!」全国版 http:// www.omatsuri.com/link/linkvex.htmlから 及びhttp://www.kotobuki-p.co.jp/index2.html「ブッダワールド行事案内-5月」より一部引用・転載させて頂きました。 ■各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後毎年追加する形で示しています。ただ凡そ歳時記 には定例として固定されたものと月の暦で変わるものと星の曜日に従うものとの3種があります。このため開催日等の 詳細は主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。尚、「星の暦」にも雑節・行事を載せています。 5月・中2 ・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ 中旬の日曜 ★08珠光忌・・・・・・・・・・5月中旬の日曜日。称名寺(奈良市菖蒲池町)では茶道の村田珠光の位牌と珠光像を祀って 法要を営む。境内で盛大な茶会を催す。 5/15 日 ■岩木山のライン・・・・・・・青森・岩木町の岩木山(1625m)は奈良時代から信仰されて来た津軽第一の霊場である。 其処からこの日の方位に向かえば早池峰(はやちね)山の早池峯神社(大迫町)があり、其処に姫大神が祭られてい る。先の岩木山山頂部には奥宮があり、顕うつし国玉神(大国主命)が祭られている。 大国主命が、出雲からこの地にご隠居されて祭られたと思われる。奥宮から降りて5km離れた山麓の5/12方位に は岩木山神社があるが、此処は昔から神仏混交の地として奥宮から信仰が発展し、明治の神仏分離で百沢(たく)寺 が神社に衣替えした所である。8/1(朔日)を例祭(お山参詣・重要無形文化財)としている。 この日には暗い内から約6kmの登山をして奥宮に詣でてご来光を仰ぐのである。このため寺の阿弥陀や薬師如来像 が長勝寺(弘前市)に移転した。建物は坂上田村麿が創建したと言われるだけあって、神社となっても寺院の面影が色 濃く残っている。 先ず高さ約18mのベンガラ色の楼門があり、其の前の柱に彫りつけられた狛犬は2tの石から掘出したものと言われ る。次は四足門、中門、そしてお堂があり、この建物(今は拝殿)も内外がベンガラと漆で仕上げられていて何れも桃山 時代のものと言われる。其の先には瑞垣で囲われた奥門があり、其の中に本殿がある(以上6件が重文)。 極彩色の本殿の前柱には金箔仕上げの双龍が絡み付いている(以上の一部は05/6/22の読売テレビ「今日は何の 日」より引用)。 ■10仙台青葉まつり(〜16日:5月第3土曜〜日曜日)【宮城県仙台市】 ★09三社祭・・・・・・・・・東京都台東区、浅草神社で5月第三金曜〜日曜日。09年は〜17日まで。 ★06-09神田祭り・・・・・・・東京・神田の山王祭で昔から「天下祭り」と言われた。神田祭の由来は古いので、中々一筋 縄では語れないが、天平2年に大なむち命を江戸崎に祭った事が神田神社の起源である。次いで平将門が近くに将門 塚として祀られた。其の後、特に平家の江戸氏が水戸から来て此処に住んで江戸明神とした。 また近くの日輪寺に留まった遊行真教上人が将門を供養し、蓮阿弥陀仏の法名を追贈し、板石卒塔婆を塚に建てた。 以後将門公を相殿に祭った(以上は「日本神社総覧」から引用)。また神田祭については以下、http://www. kandamyoujin.or.jp/kandasai/h17/03.html 「神田明神」から一部引用する。 先ず5/12日に神幸祭で巡行される鳳輦・神輿へ本殿から神霊をお遷しする儀式。夕闇の中、松明を灯して雅楽が奏さ れ、白装束姿の神職が厳粛に奉仕。 5/13日(土)には神田・日本橋各町会のお神酒所で、神輿に明神様の神霊を納める神事(大神輿御霊遷座祭)。5/14 日(日)には鳳輦を中心とした賑々しい天下祭の行列が、神田・日本橋の氏子町を1日かけて巡行。途中から附け祭も 加わり、にぎやかな祭礼行列が繰り広げられます。 5/15日(月)、例大祭。氏子町会自慢の町神輿200基の内、約100基が朝から夕刻まで次々と宮入参拝する、神田祭の クライマックス。5/16日は表千家家元奉仕により、神前に濃茶と薄茶が奉られます。5/16日、夕刻、松明ゆらめく社殿 を背景に、幻想的な金剛流の能楽が演じられる。平成17年は、土蜘蛛と加茂が演じられた。 5/17日、例大祭の氏子崇敬者代表600名参列のもと、厳粛な神事が執り行われます(以上引用)。 また06/11/22のNHK教育TV(しらべてgoo)では此のときの「女神輿」が放映された。30年前から神田須田町有志の 熱意で始まり、また此の街に通勤している女性たちも支えている。 「此の街が好きだから祭りを盛り上げたい」と言う心意気による参加と言う。そもそも江戸っ子の町人気質が豪華な飾 り付けをして示して来た。其の賑わいに将軍様も誘われてお出ましになった。だが神田明神と言う神様の前では、天下 様(将軍様)も町人でも天下御免と言う300年の伝統ある祭り。ただ昔は9/15日だった。 次はYahoo!知恵袋に投稿された質問と回答から引用する。「神田のお祭り」---神田で、お祭りをしています。おみこし も出ています。でもおみこしのどこが楽しいのでしょうか? : garconxyさん。--- 回答1--- やはり体験してみて楽しさが わかるのだと思います… 元気な掛け声と共に見る人 担ぐ人が一体となり気分も高揚してくるのではないでしょうか…またお祭りは氏神様に日 頃の感謝をお祭りを通して表す意味も含まれているのではないでしょうか… 回答した人: nobara541さん。 回答2---世界は広い。外国では別のものを担ぎます。軍事国家はミサイルや鉄砲を担ぎます。 経済優先の国はお金を担ぐ。金がなければ金儲けのうまい社長を担ぐ。政治の好きな連中はスピーカーや議員を担ぎ 出します。其れで平和や豊かさが来るなら良いのですが、結果は色々です。其の点で日本は古来、神様の乗り物を担 いで祭りをして平和・豊作・豊漁や子孫繁栄を得て来ました。何と素晴らしい伝統でしょう。 神田のお祭りの細部は知りませんが、今(07)年は5/10〜15日、神田神社に対して南北に移動する。そして17日が例 大祭になる。しかし本来は9/15日でした。日にちがズレれば祭りの意味が半減しますから、ご指摘のように確かに詰ら ない祭りとなっているのかも知れません。 各地のそれと同様に、商店街や一部の人だけの利害関係者のイベントになっているのかも知れません。祭りはイベン トや人気ではなくて神気が第一です。其れは本来の大なむち、少ひこな、将門公の神々を祭り上げる事です。そうした 本来の神々の祭りに参加したり、その神の神輿を担ぐならばきっと大きな感動が得られるでしょう。 詳しくはhttp://www.kandamyoujin.or.jp/kandasai/h17/15.html「神田祭」を参照。以上、河内のカミさんより。回答した 人: onia222さん 4-1(以上引用)。07年は5/10を参照。 ■釜鳴り神事(東京・港区の御田八幡神社)。 ■伊勢山皇大神宮例祭(横浜市)。 ★09黒船祭・・・・・・・・静岡県下田市で5月第三土曜と前後、09年は17日まで。 ●10伏木神社「伏木けんか山祭り」・・・・・・・富山県高岡市伏木東一宮17番2号 [連絡先](0766)44−0236 伏木曳山祭りは、海岸鎮護・海上安全の神である伏木神社の春季祭礼として毎年5月15日に行われます。今年(2010) は土曜です!!詳しくはこちら http://www.fushikijinjya.or.jp/hikiyama/gaiyou.htm ■07高岡市の伏木曳山祭・カッチャ・・・・・・・万葉の町、富山県高岡市では重さ8トンの神輿など6台が市内を練り歩 く。伏木曳山祭「けんかやま」(市指定無形民俗文化財)は、07/5月15日(火)。伏木地内山町一帯で昼は花山車、夜は 提灯山車に組み立てられる。 勇ましい山鹿流出陣太鼓に囃され、約8トンの山車が激しくぶつかり合う「かっちゃ」が見もの。詳しくは、http://www. takaoka.or.jp/event/index.html「高岡市観光協会」 ■石川・小松お渡り祭・・・・・・・菟橋神社の神幸祭、お旅祭で盛大な神輿渡御、曳山芝居、歌舞伎狂言などがある(但 し詳細不明)。 ■若狭と伊勢の祭り・・・・・・・・この両社の関係は少々複雑であるが大事な事なので特に解説する。先ずこの日は、11 /14方位に位置する福井県の若狭からこの日、5/15方位に位置する伊勢皇大神宮を祭る日であると両社の位置 関係で黙示している。 先ず前者から述べれば、何故「若狭」と言う地名になったか、について地元では朝鮮語でワカソ(行き来)が訛った言 葉、と解釈する説があるが、若狭には若狭彦神社がある事から見れば、其の地名は天照大神の彦(子孫)が居ついた 事によるものと判明する。 系図で言えば、天照大神の神子(忍穂耳尊)---ニニギノ尊---山幸彦(彦火々出見命=若狭彦命)であり、つまり神の 子・孫・彦に当たるのです(因みに彼は鹿児島神宮でも8/15に祭られる)。 この近くに加茂地区があり、紀元前のナーガの銅鐸が出土したので長尾明神としても祭られ、或いは遠敷明神と言わ れた根来(ねごり)白石の元の宮から移動して現在地に遷ったのが若狭彦神社であり、神仏習合時代を経て明治の神 仏分離で位置も変わり、改暦で祭日も変わった。 ただ位置については近くに明通寺、若狭神宮寺、若狭姫神社、若狭国分寺などが有るので概略見当が付く。此処は東 大寺の真北に位置する重要地点でもあり、「お水送り」を1200年以上も続けて来た由緒ある寺社(遠敷明神と薬師如 来を祀る別当寺)であり、国宝が多いので、この辺りは「国宝めぐり」の観光地になっている。 中でも若狭彦神社については例祭日が現在、上社が10/10、下社が3/10としているので、この日が例祭日ではな いが、改暦前の明治四年の5/14に官幣中社に列せられたので意味のない日取りではないと推定する。@@@ 余談だが磯部町には伊勢の別宮として伊雑(いざわ)宮があるが、此処でも天照坐大御神を5/14に風日祈祭として 祭る。其の逆方位には内宮の前にある猿田彦神社と其の先には外宮が位置するのです。また神宮に戻る。05年現在 の神宮祭主は池田厚子氏、大宮司は北白川道久氏である。 さて先の方位の軸から進めば大王崎に至り、近くに志摩の波切神社が有って、天照皇大神が祭られている。ただ其れ まで8月申日だった例祭日が明治40年の合祀の際に4/15に変わってしまった。また近くに船越神社があって、此処 でも天照皇大神が祭られていて、今の例祭は10/18日である。 ●06大垣祭。 ■滋賀・御上神社祭。 ■例年-葵祭(賀茂祭り)・・・・・・京都市北区、上賀茂神社と左京区の下鴨神社による葵祭り。何故、決まった日取り に決まったコースで長い行列を組ん で歩くのでしょう。 葵祭とは、この日に京都の上賀茂神社と下鴨神社の両社で執り行われる古式大祭ですが、地理的な位置関係、つま りその暦・方位が此の円暦の5/15方位に一致するからです。 上下の賀茂社の並びと共に、Y字型の鴨川の流れの左側も実はこの日の方位に流れている(10/22を参照)。のみなら ず、その前方に進めば吉田山・神楽岡を越えて鴨社の元神宮寺・百万遍の知恩寺(知恩院ではない)があり、此処は 今は浄土宗だが元は釈迦堂と言われた。そして其の先にも色々あるが省略する。 結局、伊勢の滝原に至るから不思議です。滝原の宮ではこの日の前夜に伊勢神宮最大の祭りをして来た(前項参照) が、無論一般には知られていない祭りであり、御祭神も謎である。賀茂の祭りの起源は、今から約1400年前の六世 紀中頃、風水害を鎮めるために始まった。飛鳥時代に欽明天皇が馬に鈴を付けて走らせた事に始まると言う。 或いは当初、上賀茂神社だけだったが、この祭りで行き来するために二つになった、とも言われる。其の上賀茂神社 の由来では、この社を流れる瀬見の小川で丹塗り矢を拾った姫が懐妊して生まれたのがこの社の祭神である別雷神 とされているが、其の点に関しては、鴨の神の元の地は此処ではなくて大和だった。 欽明天皇の時代の都はこの京都ではなくて奈良の桜井市にあったのです。大和では賀茂の国祭りとしてやがて文武天 皇の時代の四月の二の申の日に国司が出て祭典をした記録がある。 また、平安京が出来てからは嵯峨天皇の時代に反乱があり、そのため天皇が祈願して無事に鎮まった事から、以来 朝廷の守り神となって、以後は長く天皇の皇女が斎王として此処に斎く事となった。葵祭も昔は旧暦の4月の中の酉の 日に勅使参向の元に行われた。とすればH15/5/24、H16/6/11、H17/5/25、H18/5/20、H19/5/15に相当する。 とは言うものの、必ずしも酉の日ではなかったので、今の西暦の5/15日の方位に合わせて行われたものと推定しよう。 何れにせよ、御所からのコースは後の時代に加わったコースなので両社のコース、つまり二点間の位置方位がこの祭 りの本質と言える。 さて上賀茂神社には本殿と権殿とが並び、また社頭には「立て砂」と言う盛り砂が二つ置かれるが、此れは別雷神が天 下る依り代の意味とされている。其れに対して5/15方位にある鴨川べりの下鴨神社は鴨御祖神社と言われる。 この社には別雷神の母である鴨玉依姫と祖父に当たる鴨建角身命が祭られている外、御手洗の池があり、此処で斎 王代が禊をする事から葵祭りがスタートするが、本祭に先立つ三日前には両社が神山と御陰神社で各々神迎えの儀 式をするのが習いである。 尚、下鴨神社の境内には鴨川べりに沿って「糺ただすの森」と呼ばれる古林が広がり、葵祭りの社人の頭に翳す標として 使われる葵が自生している。 因みに上下加茂社の社殿は何れも国宝に指定されているが、その建築様式は全国の神社の中でも最も古く、手本と なる「流れ造り」と言われる様式である等、両社は平安京が出来る前からこの地にあった古社として、今も変わらず遥 かな昔の古式を留め、伝えているが、元は何れも神宮寺が主力でした。 今は其れを一掃して神社となって世界遺産にもなった。両社は1994年に世界遺産として、京都市の他の15寺社と共に 登録された。特に葵祭りは平安貴族そのままの衣装の華麗な大行列が御所を出て先ず下鴨神社に向かい、次に上賀 茂神社に至る祭りである。 昔は三大勅祭の一つだったが今も京都三大祭の一つとなっており、其の行列の主は、今は斎王ではなく、祭のヒロイ ンとして選ばれた「斎王代」が十二単姿でオヨヨ(腰輿)に乗って進むもので、平安絵巻さながらの華麗な装いが見もの であるが、凡そ1kmの長さで続く古式行列の移動が、この日の方位を軸としている点にこそ着目すべきである。@ さて、葵祭りで担がれる神はどう言う神なのか。彼は5/14の伊勢の方位からミアレ(御生まれ)する神であり、よって 其の逆方位は弔いの方位となる。@@ 序でに言えば、山王祭りも此処から北側にズレた同じラインで平行線に並んでいる(4/14を参照)。それにしても昔通り の祭日をこうして今に伝えていた事には感服する。恐らく此処にも明治の改暦押し付けがあった筈であるが、旧暦とは 別の和暦を熟知するヒジリがいてお上の無知を跳ね返し、古式を守り通してくれたのでしょう。 動画http://www.omatsuri.com/movie/aoi.html ■蘇我入鹿の命日・・・・・・彼は蝦夷の子として、また鞍造大臣・林臣と言われたが専横(注)が目立ったために皇極天 皇四(大化元)年の6/12日に飛鳥板蓋宮(大極殿)で誅殺された。この年(645)のこの事件を乙巳(いっし)の変と言 い、此れが「大化の改新」である。 彼は飛鳥の石舞台古墳に葬られ、また逆方位の橿原市の小網町の入鹿神社に祭られた。と解説して来たが、直前の 5/12に間違いと気づいたのでお詫びして訂正する。石舞台は直接関係はなかった(5/20を参照)。(注)彼は古人大 兄皇子を皇位につけようとして山背大兄王を殺した。 ただ入鹿神社と飛鳥板蓋宮、そして彼が邸宅を築いた甘樫ヶ丘、そして石舞台との軸線は生憎12/12←・→6/12 ではなくてキッチリと11/14←・→5/15方位を示している。飛鳥寺は祖父の馬子が建てた寺であり、近くに入鹿首 塚があるが、飛鳥寺と首塚は生憎このラインからズレる。 と言うのも飛鳥寺はそれ以前のの588(または606)年に蘇我馬子が建てた日本最初の本格的寺院・法師寺(法興寺) だった(その後は奈良・元興寺へと発展している)。其処でこの日をユリウス暦と見て、其れを旧暦に戻してみると5/1 3庚辰の日となる。だが和暦では5/15であった事が次の方位から判明するのです。@ とすれば当時はユリウス暦と仏教の暦、其れに和暦の混乱があった。其処で二通りの設定をした事になるのでしょう。 入鹿神社の主神は現在、スサノヲノミコトとなっているが、彼も入鹿大臣として祭られている。例祭は11/14を旧暦に したのか10/26としており、また「神楽を奏すると雨になる」と伝える。 此処に隣接して仏起山・普賢寺・大日堂がある。室町建築として国の重文になったが、無論この宮の神宮寺であった。 それにしても解説を誤記した筆者が今更言うのも変ですが、大化の改新の日付がこれで変われば日本史も一部訂正 しなければならないか。 ■弥山奥宮大祭・・・・・・奈良・吉野天川村の天河弁財天社は吉野修験のメッカであり、日本三大弁天の一つとしても 有名。其の奥宮が弥山(標高1819m)と言う近畿の最高峰に有り、ニギハヤヒ命を祭る宮の大祭である(6/6を参照)。 大峰本宮・天河弁財天社0747-63-0558 ■09壷井八幡宮・例大祭・・・・・・・大阪・羽曳野市壷井で源家(頼信-頼義・義家)三代を祭る壷井八幡宮(社務所072- 956-2824)では此の日に例大祭である。由来は、源義家が石清水八幡に戦勝を祈願し、前九年の役から凱旋後、石清 水八幡の神を此処、壷井山上に勧請し康平7(1064)5/15日に社殿を創祀した事に因むもの。 尚、此の日がもし旧暦の閏5月15庚辰日ならばユリウス暦の7/2日となり、両社の位置方位関係がぴったり合致する。 例祭斎行後は直食(なおらい)、及び有穂会による地唄、琴の奉納演奏。宮司は高木氏。 ■和歌祭り・・・・・・・紀州東照宮の108段の石段を勇ましく神輿が駆け下り、その後太鼓や雑賀踊り、薙刀振などの渡御行列が和歌浦周辺を練り歩き ます。05/5月15日(日) 10:00~ 夕刻。和歌祭保存会事務局 TEL 073-444-0808 ★09神戸まつり(〜17日:5月第三金曜〜日曜日)【兵庫県神戸市】 ■出雲大社大祭礼(16日まで)。 ■太鼓谷稲成神社春季大祭(島根・津和野町)。 ■厳島神社お烏喰式(広島・宮島)。 ■10川渡り神幸祭(〜16日:5月第3土曜〜日曜日)【福岡県田川市、風治八幡神社】 ■06-07-08-09沖縄・本土復帰・記念日。 5/16 日 ■07-08おしら講・・・・・・久渡寺(青森県弘前市)。 ★09仙台青葉まつり・・・・・・・宮城県仙台市では江戸時代から続く青葉祭りが5月第3土曜〜日曜日に行われる。本日 宵祭り、明日〜17日は本祭り。神輿が出て、武者行列がある。 ■竹駒神社・・・・・・・御田植祭。一年の豊作祈願。 ■権現大祭・・・・・・・毎年5月16日・17日の2日間、栃木県佐野市で開催されます。佐野市の春日岡山境内におい て、祭典がおこなわれ、植木市が立ち並びます。また、徳川家康公のみ霊が、静岡県久能山より日光遷葬の途中一泊 した仏緑により、東照宮本殿等の造営が成ったとか。 江戸中期を代表する華麗な建造物と評価され、県の重要文化財にも指定されています。詳しくは佐野市役所 → http://www.city.sano.tochigi.jp/(以上、メルマガ「なっとく歴史館」→http://1rekisi.jpより転載)。この祭りは家康の命日 (4/17)に因むもの。 ★08三社祭(〜18日:5月第三金曜〜日曜日)【東京都台東区、浅草神社】※本社神輿の「宮出し」「各町渡御」「宮入り」 は中止。・・・・東京・台東区浅草・浅草神社(三社明神)の祭(5/16〜18)。間中知・浜成・武成の三基の神輿を奉安す る。正和5(1316)に神託を得て創められ、暫く中断していた祭を昭和30年に復活した。06年は5/21、07年は5/20日。 ★08-09黒船祭(〜17日:5月第三土曜と前後)【静岡県下田市】 ■09熱田・若宮まつり・・・・・・・・名古屋市、熱田神宮。 ●06-07-08-09滋賀・三井寺・千団子祭・・・・・・・・・・・三井寺・園城寺(滋賀県大津市)では、600年続くと言う鬼子母神 の縁日である5/16〜18日に、1000ヶの団子を供えて安産・厄除けの祈祷、或いは亀の甲羅に子供たちの名を書いて 其の亀を放す、放生会を行い、子供の健康と成長を祈る。 ■09大山祗(すみ)神社祭・・・・・・・・・・愛媛。 ■出雲大社大祭礼(本日まで)。 ★09川渡り神幸祭(〜17日:5月第三土曜〜日曜日)【福岡県田川市、風治八幡神社】 5/17 以下は次ページへ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ パテント・著作権は本会に属します。 「鬼の会」 |