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http://kami.tudura.com 「神々の歳時記」  p145 (未定稿) 


  神々の歳時記  10月下旬 但し方位による
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●イベントや祭典と称する偽祭りが多い中で、昔から本物の祭りを続けて来た事例を此処に紹介し、併せてその縁起
の意味を解説し、方位から正当性 を実証する。今月も一部、お祭り専門情報誌 月刊「わっしょい!」全国版 http://
www.omatsuri.com/mailmag/メルマガ

及びhttp://www.kotobuki-p.co.jp/index2.html「ブッダワールド行事案内-10月」より一部引用・転載させて頂きました。

■各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後毎年追加する形で示しています。ただ凡そ歳時記
には定例として固定されたものと月の暦で変わるものと星の曜日に従うものとの3種があります。このため開催日等の
詳細は主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。尚、「星の暦」にも雑節・行事を載せています。

10月下旬 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★



10/21 日  
        

06-07-09二荒山神社・大祭・・・・・・・・旧名・宇都宮大明神。ご祭神として豊城入彦命を祭り、この日10/21日に例祭
をする。@ 

■07-08-09-10鈎上(かぎあげ)の古式土俵入り【埼玉県さいたま市岩槻区】
07木場の角乗り(10月中旬の日曜日)【東京都江東区、黒船橋公園】

■07二十五菩薩お練り供養・・・・・・・・京都市東山の泉涌寺山内町の即成院075-561-3443では地蔵堂を現世に見た
て、阿弥陀如来と二十五菩薩の来迎を表現し、また「極楽の舞」を披露する。

■出雲大神宮・例祭・・・・・・京都・亀岡市の千歳にある元出雲大神宮。千年山は国常立命の鎮座する山であり、其の
麓に鎮座する千年宮・出雲大神宮は祟神天皇の勅命によって創建した一ノ宮。本殿は国宝。主神として大国主命と三
穂津姫命を祭る古社である。亀岡盆地は古代には大きな湖だった。

其処を干拓したのが大国主命(大山クヒ神)であると言われ、また、彼の后・三穂津姫については保津町、保津川の名
として此処に残されている。

所がかつて元明天皇の和銅2年、大国主命一柱が島根の杵築の地に遷された。其処が現代見る「出雲大社」である。
だからその後の出雲大社に対して此の大神宮が「元出雲」と呼ばれた訳だ。但し此の日の祭りは和銅の昔に勅祭が行
われた日であり、他に4/18に花祭が有る。@

■10網干まつり(〜22日)【兵庫県姫路市網干区、魚吹八幡神社】 動画http://www.omatsuri.com/movie/abosi.html

★06飫肥城下祭り(10月第3土〜日曜)【宮崎県日南市】



































































10/22     


▼06年、旧暦9/1(旧暦ではこの日から長月に入るのであって西暦10月=神無月ではない)。
会式・・・・・・・清澄寺(千葉県小湊町)。 
開山忌・十夜会・・・・・・・無量光寺(神奈川県相模原市)。 

お別事・・・・・・・来迎寺(新潟県十日町市)で10/22〜23日に念仏法要(遊行の一つ火)。 
■京都の歴史・・・・・・本日は京都に関わる祭りが多いが、平安京となる前の由来については4/22で一般論を述べた。

■例年-鞍馬の火祭・・・・・・京都市・鞍馬の由岐神社。平安末期、祭神を御所から鞍馬へ迎えた模様を現在に伝え
る。この時にサイレイ(祭礼?)、サイリョウ(最良?)と言う掛け声を掛けながら祭りが進行する。因みに此処は「天狗」
の本場であり、宇宙から飛来したと言われる大魔王尊が大天狗として僧正ケ谷に祀られている。

その大魔王尊の祭礼がこの火祭りであるとも言う。
動画http://www.omatsuri.com/movie/kurama.html

■例年-京都・時代祭・・・・・・京都三大祭の一つ。延暦十三年(794年)10月22日、桓武天皇が都を平安京(京都)に遷
した。よって桓武天皇と幕末の孝明天皇を祭る2基の鳳ほうれん(神輿の一種)が平安神宮から御所まで約4.5kmの
都大路を進む。神幸列の長さは総勢2000人で約2キロに及ぶ(平安遷都の意味は1/15日を参照)。

経緯から言えば、明治維新で都が東京に遷された為に京都は元気を失っていた。其処で明治28年、平安遷都1100年
に平安神宮が創建されたのを機に、桓武の遷都の10/22日を記念して毎年「時代祭り」をする事となり、今では京都三
大祭の一つとして賑わっている。@

因みにウイキから引用すれば、平安神宮の社殿は平安京の大内裏の正庁である朝堂院(八省院)を縮小(長さ比で約
8分の5)して復元したものである。大きく赤く光る朱色が特徴的な正面の門は、朝堂院の應天門を模している。その内
側の左右の殿舎は朝集堂の再現である。

拝殿は朝堂院の正殿である大極殿(左右には蒼龍楼と白虎楼が付属する)を模している。基本的にはこれらの建築様
式は、平安時代後期(11?12世紀)の第3次朝堂院を再現したものとなっている。

ただ、大極殿と応天門の間には本来は会昌門と朝堂12堂が存在し、応天門の左右には翔鸞楼と栖鳳楼という楼閣が
付属していたが、これらは平安神宮では復元されていない(引用以上)。

■桓武天皇と平安京時代祭------平安京の前の奈良の平城京は、東大寺などが平城宮よりも高い位置にあって、天
皇の都と言うよりも仏教の都と言う状態だった。従って仏教勢力が強大となり、また都には大きな川がない為に水はけ
が悪く不衛生となっていた。よって桓武天皇は長岡への遷都を計画したなどと言われる。

だが当時は反対勢力も多く、先ず藤原種継が暗殺された。犯人は東大寺の次官、其れに早良親王も与していた。なの
で占いでは「早良親王の祟り」と出た。だが先の新都(長岡京)では寺の建設を排除した。

淀川と言う大きな川に沿った長岡に遷都するため難波宮から建物を移築して長岡京の建物を半年で完成したものの、
長岡に遷都した後に飢饉、続いて洪水に見舞われた。天皇の権威がこれで失墜したので、次はカドノ(葛野)の地に遷
都し「平安京」とした。当時はまだ西暦(グレゴリオ暦)はなかったが、それでなら794/11/8=10/22日に当たる。

新都(平安京)では東堀川と西堀川を堀り、東の淀の津と西の大井津とを整備し、また東寺と西寺を作った(以上の大
半は、「ヤフー知恵袋」の回答から引用(真実は別であるが)。
動画http://www.omatsuri.com/movie/jidai.html

阿保親王の命日・・・・・・平城天皇の皇子。謙遜にして才、文武を兼ね弦歌を善くす。51歳の承和9(842)年10/22
薨去。この日を旧暦壬午22日とすればユリウス暦では11/27日となるので、新旧何れの暦法が合致するかを方位で見
れば、今も芦屋駅と芦屋川駅の間に阿保親王塚がある。

さて松原市の市役所は昔の阿保村であり、此処は彼が広大な別荘を造営した所であり、此処から後に阿保連人麻呂
と言う国人も出ている(5/28日、「在原業平」を参照)。では彼が何故此処に居ついたのか、@

所で彼の末裔には名族が輩出している。例えば大江氏、菅原氏からは上田、毛利、長井、那波、海東、そして高辻、五
条、東坊城、唐橋、清岡、桑原があり、其の菅家七党(有本、広戸、福光、植月、原田、鷹取、江見)からは皆木、豊
田、菅、菅納、福元、小坂、前原など百数十氏に及ぶが、子孫のご当人たちの何人がご存知だろうか。

夢殿開扉・・・・・・・法隆寺(奈良県斑鳩町)。 

■例年-伊万里・トンテントン祭り・・・・・・佐賀・伊万里市で24日まで。トンテントン祭りは、伊萬里神社の御神幸祭で、
伊万里供日(くんち)とも呼ばれております。秋たけなわの10月22日・23日・24日の3日間、伊万里の街は、花笹などで
祭り一色に染まり勇壮な合戦絵巻を繰り広げます(http://tontenton.web.fc2.com/より引用)。

南北朝時代の故事になぞらえ、荒御輿は楠木方の陸軍、団車が足利方の水軍を見立てたものとされています。二台
のミコシは市街地を巡行し、約一時間おきに鉢合わせし、団車が打ち鳴らす「トン・テン・トン」の太鼓を合図に、がっぷ
り4つに組み合い、合戦絵巻を繰り広げるケンカ祭りです。

http://www.mag2.com/m/0000135455.htm「なっとく歴史観」より引用。10/24も参照。
詳細は下記URLをクリック http://www.city.imari.saga.jp/cgi-bin/odb-get.exe?wit_template=AM040000

次に現地のHPによれば、此れは伊万里神社の御神幸祭で「日本三大けんか祭り」の一つと言われ、市内の数ヶ所で
勇壮な合戦を繰り広げます。ねじり鉢巻姿の血気盛んな伊万里っ子たちによって担ぎ出される「荒神輿」と「団車」が、
「トン・テン・トン」と打ち鳴らす太鼓を合図に、双方激突し組み合う壮烈な喧嘩祭りは、全国でも類を見ないものです 。

この祭りは、伊万里川河畔にあった香橘(こうきつ)神社と戸渡嶋(ととしま)神社でそれぞれ行われていた収穫感謝の
御神幸祭に端を発し、南北朝の故事になぞられ、荒神輿を楠木方、団車を足利方に見立てた合戦祭りになったものと
伝えられております。

此のときに担がれる布団神輿の5段重ねの5色の布団は、陰陽五行説を意味し、上から青が空、黄が風、赤が火、白
が水、黒が土を意味しています。さて荒神輿の香橘神社の創建は、垂仁天皇の時の田道間守(のちの菓祖神)が中国
より橘を持ち帰り、この地に植えたことに由来し、橘氏の祖である橘諸兄命(たちばなもろえのみこと)が祭った。

彼の末裔が楠正成であります。また、団車の戸渡嶋神社は建武の頃、足利尊氏が敗戦の後、筑紫に降り松浦の海上
で暴風に遭遇した折りの救いの神を祀っていましたが、その後、香橘神社、戸渡嶋神社、岩栗いわくり神社の三社が
合祀された際に、伊萬里神社と改称され現在に至っています。

以上がhttp://tontenton.web.fc2.com/syosai1.htm伊万里トンテントン祭り。また戸渡嶋神社の十二日足紋は本書の円
暦の原点です。そして紀氏と忌氏との繋がりから古来、伊万里に陶器が発展したと思われる。因みに兵庫県豊岡市三
宅1には中嶋神社TEL/FAX (0796)27−0013がある

詳細はhttp://www.como.ne.jp/pc/zenkokuzinja/nakasimajinjayuisho.htm

中嶋神社も田道間守(たじまもり)をご祭神として、此処ではお菓子の神として4月の第3日曜日に例祭をしている。其
の逆の時期が偶然にも此のトんテントン祭りとなるが、方位では合わない。いや旧暦ならば合う。例えば06年の旧8/26
は西暦の10/17日である。両社が8/26--2/24方位に位置するのである。

お互いに別個の位置にあって中嶋では春祭り、伊万里では秋祭りをしていた事になる。祭りの由来は当時の暦法で田
道間守が自殺した景行1年、つまり西暦71/3/12の事と分かる。其れが垂仁天皇の後1935年間も続けて来たものとす
れば驚きである。

動画http://www.omatsuri.com/movie/imari.html


























































10/23  


06-09霜降。24節気の「霜降」、09年の旧暦9/6日。 

★10入間万燈祭り(10月第4土曜〜日曜日)【埼玉県入間市】
■松陰神社・維新祭り・・・・・・都内・世田谷区で24日までと、25〜26日を除いて27日にも行われる。吉田松陰は天
皇家を仏教から神道に変えた人物と言われる(巻末の「天皇のロザリオ」より)。

お浜降り・・・・・・・・千葉。以下参照。(03年10月33年振りの)開催の記録。http://dairi-zinzya.hp.infoseek.co.jp/miyuki.
html「内裏神社・御神幸祭」より引用。千葉県の東部、九十九里浜にある「旭市泉川」の「内裏神社」では、03年10月に
33年周期の祭り「御神幸祭」(「みゆき」とも言います)が行われました。

これは祭神である壬申の乱(672年)に敗れた弘文天皇の妃「耳面刀自媛(みみものとじひめ)」が、神輿に乗って上陸地であ
る匝瑳(そうさ)郡野栄町野手字内裏塚の九十九里浜まで「お浜降り」する祭です。7時30分、品村斉主の号令で内裏神
社を出発しました。行列は、泉川、大塚原、八日市場市の東小笹、吉崎を伝統的な道筋をたどって進みました。

途中、泉川御座所、大塚原、東小笹の塔ノ前、東、仲西の休憩所では、集まった皆様にお囃子や踊りを披露しながら
進みました。吉崎大槍郷と共興コミュニティーセンターに分散して昼食を摂った後、上野里郷で神輿を野栄町内裏塚の
皆さんに神輿を引き継ぎました。

内裏塚は戸数が少ないため、実際に神輿を担いだのは近隣からの応援の若者が多かったようです。内裏塚丘地区
は、耳面刀自媛がお亡くなりになった地です。行列は必ずここに立ち寄ります。途中、各休憩所での演芸披露が長引
いたり、、神輿が破損したりで、15時到着予定のはずが、行列の最後が到着したのは16時30分。

神輿と氏子役員や泉川の若衆は、耳面刀自媛をゆかりの熱田家を訪問し、接待を受けました。そして、熱田家を出た
のは17時近くになってしまいました。

午後から快晴となって気温も高くなっていたのに、いつの間には空は一面の雲。行列が内裏塚前を通過し内裏塚浜の
集落近くにさしかかると大粒の雨が落ち始め、県道飯岡一宮線を過ぎ、海岸の防風林に入る頃は北風交じりの豪雨。
ほとんどの氏子役員や若衆は雨具を用意していないため、ただ濡れるに任せるだけ。

なお、大塚原や川口の山車や囃子連は、内裏塚でお囃子や踊りを披露してから帰路についており、神輿には同行して
いません。豪雨の中のお浜降りの式典を終えて、内裏塚丘へ戻ったのは、19時30分。雨も止んで、雨の鬱憤を晴ら
すかのように、内裏塚の皆さんは神輿をもんでいました(中略)。

再度、神輿をトラックに積んで、21時30分、内裏神社に戻りました。神社の中では、ひとしきり神輿をもんで、神輿を
神社に収め還御祭の神事を執り行いました(引用以上)。

■中越地震・・・・・・・2004年のこの日、震度6強の直下型地震が小千谷市周辺に起こって死者24(後に39)人を出
し、余震が続いたので約10万人が避難した。

■例年-上野天神・秋祭・・・・・・三重・上野市の菅原神社で25日まで。 

天台大師会・・・・・・・廷暦寺(滋賀県大津市)で天台宗教理の大成者・天台大師(智者大師)の遺徳をしのぶ忌日法
要。霜月会の最終日。

■07竹富島の種子取祭(タナドゥイ)・・・・・・・・沖縄。以下、http://www.town.taketomi.okinawa.jp/island/festival/
tanadui.htm「種子取祭」より引用すれば、約600年の伝統があると言われており、国の「重要無形民族文化財」の指定
を受けて毎年、旧暦9月か10月の庚寅、辛卯の2日間を中心に80年余りの伝統芸能が神々に奉納される。

竹富島には「かしくさや うつぐみどまさる」(一致協力することが何よりも大切である)という言葉があり、島人の考え方
の基本となっています。種子取祭には島を離れた人々も里帰りして祭りに参加し、大勢の人で島は祭り一色になりま
す。

06-07-09電信電話記念日。 

























































10/24  


●07霜降。24節気の「霜降」。
★09入間万燈祭り(10月第4土曜〜日曜日)【埼玉県入間市】

■06-07-08秋の大神(おおみわ)祭・・・・・・・奈良県桜井市で23-25日。崇神天皇の御代に始まる伝統ある祭りで、氏子地
区33ヶ村の里祭り。太鼓台や子供神輿の奉納が有る。

■例年-玉置神社の例大祭・・・・・・奈良・十津川村の玉置山(1076m)の中腹で樹齢千年の古木に囲まれた中で国常
立尊、イザナギ・イザナミ外2座を祭る古社・玉置神社(0746-64-0500)の例祭(秋祭)があり、神輿が出て舞の奉納と
餅つき踊りが行われる。

古くからの信仰の山なので、この日は麓から参拝者2000人が集まり、秋の収穫を祝う餅つきと餅搗き踊りと持ち撒きが
行われる。所でどうして此の日になったのか、と言えば、お地蔵様の縁日です。また昔は祇園牛頭天王の縁日でもあっ
た。

此処は元々地蔵権現の山であるが、昔から熊野三山の奥の院と言われ、奥駆け75靡き10番である外、佐々木源氏
と、平家の子孫に所縁の所であり、また天台・真言の修験道の地蔵菩薩と不動信仰の隠れた拠点である。麓には名
湯・十津川温泉郷があるが、其処さえ今尚秘境に近い。

其の温泉郷からも、また人里からもかなり離れた山また山の、標高1000mの所にあるため殆ど知られていない神社だ
った。此処が04/6月の台風で大木が倒れ、拝殿の屋根が壊れた事が大きく報道された。この風のお蔭で、寒村だけで
は維持困難な境内管理も少しは楽になるだろうし世界遺産登録でも知られるようになった。

此処は屋久島の縄文杉に並ぶ巨木があり、神代杉、常立杉、磐余杉など樹齢3000年の古木が叢生している。また五
月初旬には石楠花が満開になるので矢張り観光地として注目される。ともあれ此処では先のご祭神の外に玉石社とし
て大己貴命を祭り、また出雲大社の玉置分詞がある。或いは島根の佐太神社(例祭9/25日)と合致する。@ 

また其の鳥居の先に進めば熊野速玉大社の神倉神社に至る(次項の物部神社を参照)。ただ此処は山奥であり、参
拝者が年々減少のため、今では例祭よりも特別祈祷を重視している様子。

■物部神社の鎮魂祭・・・・・・物部氏の祖神・ウマシマ遅の命を祭り、古の石見国の一ノ宮として島根・川合村に鎮座す
る物部神社で、この日10/24夜に鎮魂祭がある。此れは11/22夜、宮中で行われる鎮魂祭の起源をなすものと言
われる。 

■岡山・唐子祭・・・・・・岡山・紺浦町(詳細不明)。

■06伊万里・トンテントン祭り「川落とし」・・・・・・10/22を参照。最終日の本日は「川落とし」で、ダンジリを川に落と
し、いったん落ちたダンジリが川から上がって神社まで早さを競う。日本三大喧嘩祭りの一つと言われる(同日のNHK
ラジオから)。

■例年-平戸くんち・平戸神楽(〜27日)【長崎県平戸市】・・・・・「平戸くんち」で知られる長崎・亀岡神社の例大祭。25日
が神幸祭で三基の神輿や武者行列、龍躍りが繰り出す。26日が大祭で「平戸神楽」が奉納される。
動画http://www.omatsuri.com/movie/hirado.html

★例年-国連デー・・・・・・1945年国連憲章発効。国連デー、国連週間始まる。だが国連の実体は欧米連合軍・戦勝国
連合のサロンである。

▲山田美妙の命日・・・・・明治43年、作家。



























































10/25  


■日光二荒山・閉山祭(詳細不明)。    ■栃木・田沼町・唐沢山祭(詳細不明)。

■有賀祭り・・・・・・・茨城県の大洗磯前神社では、常北町中妻の有賀の住民が鉾を護衛して奉持する渡御式が行わ
れた。有賀の神は古来「虫封じ」の神として崇敬されたが、この神社の主祭神は大己貴命(薬師菩薩名神の尊号)であ
り、社殿は東南に面している。笠石神社0287-98-2501

★08入間万燈祭り(10月第4土曜〜日曜日)【埼玉県入間市】

■10たいまつ祭り(〜27日)【富山県黒部市、新治神社】

■伊雑の宮・調献式・・・・・・伊勢神宮の別宮(伊雑の宮)では今年の米の収穫を感謝と、来年の豊作を祈願するこの祭
典がある。此処は神代に天照大神が皇居とした古蹟と言われる。三重・磯部町。 

06-07-09上野・菅原天神・秋季大祭・・・・・三重・伊賀市で10/23〜25日。印(より代)、煌びやかなダンジリ、異形の
面を着けた鬼行列などが城下町を練り歩く。24日には「足揃いの儀」、25日が本祭りとして神輿が加わり、6万人の客で
賑わう。

■大和郡山市・龍田秋祭(詳細不明)。
■大狛神社・例祭・・・・・・大坂・信貴山。主神が大山クヒ神と木花咲耶姫。大狛、池辺、丸子氏に縁りの地である。か
つての巨麻郷・本堂地区で山王を祀ったため、日吉(叡山)に倣って7/25とこの日10/25を例祭としたものか。@

■熊本・みそ天神の例大祭・・・・・・味噌が美味くなったとの故事により、味噌関係者が集まる(同日のNHKラジオか
ら)。


★s19/10/25、神風特別攻撃隊、初攻撃。


























































10/26  


▼09旧・重陽。
西山忌(浄土宗西山派)。 
十夜会・・・・・・・選択寺(千葉県木更津市)。
 
祟道天皇(早良親王)の命日か・・・・・・・桓武天皇と高野新笠との皇太子(または光仁天皇の第二皇子)で早良親王
と言ったが、やがて藤原種継を射殺する事になり、乙訓寺に幽閉され、後に淡路に流される途中の延暦4/10/8に
薨去した。後に遺骸を迎えて大和の添上の八島に奉安して山稜とし、17年7月に祟道天皇と追号された。

だが今、奈良・帯解の八島に治定の陵は乙訓寺(長岡京市)とも淡路とも命日・方位が合わない。其処で10/8を庚午
の日として換算し、U785/11/14日と見れば、十日ほどのズレで略合致する。方やこの八島に治定の陵と「乙訓寺」との
方位は11/27←→5/28.5の位置関係になるので命日と合わない。其処で別の観点から見直す。@

従って彼の命日は今の暦にして10/26と分かります。とすれば以後1206年もの間、何回もの改暦がありながら、二つ
の神社が共に、手を付けずに例祭日を8〜9日のズレで守って来られたのは幸いでした。いや彼の怨霊を恐れたのか
も知れないが・・・・・。

この当時は光仁皇后(井上内親王)・他戸親王の大逆、弓削道鏡の左遷、蝦夷の叛乱、そして彼・祟道天皇を廃位とす
るなど政変の時代だった。よって各地に祟道天皇は祭られているが・・・・・・@

06-07-09天理教・本部・秋季大祭・・・・・・奈良。

■伊藤博文の命日・・・・・・初代内閣総理大臣・伊藤博文(クリスチャン)が1909/10/26日にハルピンで朝鮮の安重根
(アンジュングン)によって暗殺された。テロリストは憎むべき犯罪者であるが、立場が変われば正義は変わる。尊皇攘
夷と討幕派の論理も「聖戦」の論理と同じだ。

米国から見れば今の「米国の正義」に比べてイスラム諸国のテロリズムは罪悪である。日本にとっても明治の元勲・伊
藤博文を暗殺した朝鮮人は憎むべき犯罪者である。であるが今の韓国にとっては義士であり英雄となっている。

06-07-09宮崎神宮・例祭・・・・・・

06-07-09原子力の日。 






























































10/27  


湯西川温泉・源平和睦の日・・・・・・・栃木の湯西川温泉は紅葉の時期が綺麗だが此処は平家の里だった。800年
前、壇ノ浦の合戦で平忠実が生き延びて宇都宮氏に匿われた。忠実は湯西川で温泉を発見し、隠れ里として鯉幟を揚
げず、鶏も飼わない暮らしで今まで来た。

苗字も伴氏を名乗ったが、伴を分解して組み替えればすれば「平の人」となる。さて12年前に湯西川の代表が鎌倉の
鶴岡を訪ねた。頼朝会の会長・小池時一氏が此れに応じてて和睦の打ち合わせを重ね、H12/10/27には源氏方が湯
西川温泉のカズラ橋を渡って訪れた。

双方とも武将や女人と言う平安装束で対面して和睦式を行い、平家伝統の舞を披露した(06/10/27の読売TV「今日は
何の日」より引用)。因みに元暦4=文治1(1185)3/24が壇ノ浦の戦い。つまり平氏にとっては3/24(U4/25-G5/2)日の
命日が多い筈です。

★07入間万燈祭り(10月第4土曜〜日曜日)【埼玉県入間市】
■松陰神社・秋季例大祭・・・・・・都内・世田谷区で行われる。

★07「三谷祭り」 ・・・・・・・愛知県蒲郡市三谷町で毎年10月の第3土日に天下の奇祭として有名な三谷祭りが行なわれ
ます。今年は第4土日に行なわれます。4台の絢爛豪華な山車が格250名の裸男に引かれて海を渡って渡御します。全
国でも町主催のお祭りではかなり上位ランクのお祭りです。HPも色々な人が作成しています。

三谷祭りで検索して見て下さい。一見の価値が有ります。投稿者:竹内康博さん※海中渡御は28日(日)の10時45
分頃です。


06-07-09読書週間・・・・・・ 11/9まで。


























































10/28  


■輪王寺宮の命日・・・・・・能久(よしひさ)親王。北白川初代。幕末に輪王寺の宮となったが江戸を火の海としないた
めに乱を地方に取ろうとして上野で彰義隊として活躍した。だが其れが兄・有栖川の宮に弓を引く事、つまり逆賊になっ
たため、以後京都で幽閉され、ドイツに7年間留学した(4/17家康、4/20家光、12/16秀忠を参照)。

その後、陸軍中将となり、日清戦争後、台南では自ら最前線に出てマラリアに感染。宮は儒仏の学を修め、世の信望
篤く、多くの組織の総裁を兼ねた。汚名を晴らしたが明治28(1895)年10/28薨去により国葬となった。子孫は伊勢神
宮職(05/12/22のNHKラジオ深夜便の吉村氏談より)。

智者大師祥忌会・・・・・・・三井寺〔園城寺〕(滋賀・大津市)で10/28〜29日。 
■07宇和津彦神社秋祭(牛鬼)・・・・・愛媛県宇和島市、宇和津彦神社で〜29日まで。

●07祖谷(いや)平家まつり・・・・・・平家落人伝説を題材にした武者行列が行われます。祖谷の粉ひき節日本一大会 
9:30〜祖谷そばの早食い大会 11:00〜、武者行列 13:15〜・開催場所 徳島県三好市 西祖谷山村かずら橋夢舞台
・お問い合わせ先 三好市西祖谷総合支所 産業観光課 0883-87-2275 詳細はhttp://www.city-miyoshi.jp/

■06「うすき七宵」・・・・・臼杵市では7日後の「うすき竹宵」を告げる「七宵」。竹ぼんぼりが並ぶ厳かな雰囲気の会場で
は、まつりの安全祈願と「玉絵箱」の清めの儀式や、般若姫のお披露目などがおこなわれます。
平成18年10月28日(土)  17:00〜21:00(竹ぼんぼり点火17:00)。ところ  八坂神社。

11/4〜5日は2万本の竹のボンボリ(雪洞)が並び、7万人が訪れると言う。

06-07-09速記記念日・・・・・・ 



   






















































10/29  


智証大師忌(天台宗)。 
■36孝徳天皇の命日か・・・・・・「10/31」を参照。

■例年-宇和津彦神社例祭(牛鬼)・・・・・・愛媛県宇和島市の宇和津彦神社で秋祭(牛鬼)
動画http://www.omatsuri.com/movie/usiaki.html

06-07-09香椎の宮・秋季大祭・・・・・・福岡。

★ヒンズー教最大の祭り・・・・・・・05年、インド。ニューデリーでは旧暦9/27。この日、夜空は月影が弱く、其の分、火星が輝く。05年は軍神マルス(火星)
が接近し、ニューデリーでは爆弾テロで38人が死去した。ヒンズー教の祭りを狙ったイスラム勢力によるテロと報道されたが何時もながら真偽のほどは不明
である。


























































10/30  


▼09旧9/13日。十三夜。

開山忌・・・・・・・天竜寺(京都市右京区)。 
■06大山祇神社抜穂祭・・・・・・愛媛県今治市大三島町。


★ハロウィン・・・・・・・05年は日曜日、旧暦9/28(04/10/31も日曜日だったが、本来は11/ 1)。05年は軍神マルス(火星)の大接近である。




























































10/31  


■06-07明治神宮・例大祭(11/3日まで)。 
高尾山滝終い・・・・・・・薬王院(東京都八王子市)。 
報恩講・・・・・・・新井別院(新潟県新井市)で10/31〜11月4日。  


■36孝徳天皇の命日か・・・・・・彼は軽皇子・天万豊日尊として難波長柄豊碕宮に遷宮したがこの日に崩御し、大阪磯
長陵に葬られたとされる。この日とは白雉5/10/10=654/11/24-11/27であるが、@
因みに9/27日を参照。

06-07-09世界勤倹デー。 

★ハロウィン・・・・・・・古代ケルト暦で言う一年の終わり(締めくくり)を意味した。ケルトの元旦が11/ 1であり、その前夜祭としてカトリックとしては万聖節の
前夜祭。祖先への敬いと満月を祝う収穫感謝祭だったが米国ではクリスマスに次ぐ大イベントが行われたり子供のイタズラを許す悪弊となっている。04/10
/31は日曜日、05年はこの日・火曜日にニューヨークでパレードがあった(「11/ 1」も参照)。

















































次は11月・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

■「神々の歳時記」の各項目のご理解には「366円暦」が必要です。円暦は別紙の「日読み1」http://toki.mikosi.com/
page044.htmlで公開していますが、其の実物を希望される方は末尾に従ってご請求下さい。

■尚、各行事は別記のない限り新旧暦に関わらず2003年の例に以後毎年06-07と追加する形で示していますので、
*開催日等の詳細には主催者にお問合せ頂くか、各ホームページにて御確認下さい。

■「神々の歳時記」に記した例は仮説ではなくて、太陽暦に重ねて古式祭による祭政一致を行っていた古からの日本
文化の原理です。其の具体例を今回、公開したものですが、海外への情報流失防止のため、特に「本文」については0
4/11月から「非公開」としました。

■@マークの付いた以下の部分が「非公開」部分です・・・・・・・@マーク以下には「地理・方位の具体例と其の意味や
暦との関係式」などの詳細を隠しています。この隠れた部分の資料をご希望の方は、「メールフォーム」または「掲示
板」からコンタクト下されば実費で郵送します。

■文中に誤記や間違いがありましたら、恐れ入りますが前項の方法で下記まで御一報賜れば幸いです。尚、参考文献
は巻末に記しました。  

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